だらだらだらだらと、まるで微生物の様に血液が拡がっていく。

 眉間に一発。

 鉛玉ひとつで、実に見事に死んでいた。


 死んだ本体などに構いもせず、ただ体液のみがてらてらてらてらと。


 まるで生き物のように。















 何なんだ、と思う。

 混乱しそうだった。

 だってあんなにも簡単に、殺されてしまっていた。

 あり得ない筈のことだ。在るはずもないことだった。




 殺し名が、一賊が、殺人鬼が。


 零崎の姓をもつモノがあれほど簡単にやられるなど!




 いや。いやいやいや、落ち着こう。

 自殺志願でも少女趣味でも零崎の申し子でもないのだ。零崎の一人、殺人鬼の一匹くらい、何かのはずみで死んでしまってもおかしくはない。
 そうだ、云々は別にして殺し名なんていつだって死んでしまうのだ。暴力の世界など所詮、そんなものだ。


 この状況にしたって、おかしくはない。

 自分がここに来たのは死んでいたその零崎に連絡されたからだし、連絡したのがこの状況のためだったのなら、それはそれで正しいのだ。


 零崎は家賊を見捨てない。




 零崎は家賊に手を出したものを赦さない。




 (まだ、近くにいる)

 廃ビルの中を、注意深く歩いていく。

 (近距離から、眉間に)


 零崎に、銃は効かない、が。

 (厄介、か?)

          シームレスバイアス
 もしかすると、この愚 神 礼 賛、零崎 軋識を以てしても。
















 カツ、と靴音がして。

 死体を見つけてからそれほど時間はたっていない。


 緊張に、わずかに息を詰める。

 真正面の角からこちらへ向かってくるようだ。




 「ciao、お兄さん、さっきの人のお仲間?」



 (な、)

 至極当然と角を出て手ぶらで挨拶したのは、少年。

 一目で外人とわかる整った顔立ちに、歳に合わないスーツをかっちりと着こなした。


 あまりにも場違いすぎて、けれども妙に空気に馴染んだ存在だった。



 既視感。その雰囲気はまるで。


 (なんだ?・・いや、)


 スーツの外国人。銃。


 「マフィア・・?」


 途端、少年がパッと笑う。無邪気に嬉しげに笑った。



 「大正解!俺をマフィアって判ってくれて嬉しいよ」

 でも、と続けながらも笑顔は消えない。

 「自分たちが何に手を出したかわかってなかったとしても、罪は償ってもらうよ」


 子供が玩具で遊ぶように、いつの間にか手に握られた銀に光る銃の引き金がひかれた。

 とびずさってかわす。



 「重そうな武器なのに動けるんだね。ていうかその武器、物騒だなぁ・・釘バット?

 単独犯だと思ってたから、少し驚いたけど、お兄さんに聞けばいいか。殺さないのは苦手なんだけど」

 あんまり調べる時間なかったしなぁ、と少年がこぼす。ジャッポーネも、よく知らないし。



 (だから、か?)
 だから、忌み嫌われる零崎に手を出せたのか。

 一つ納得すると気分が落ち着いた。



 「何に手を出したか、分かってないのはお前らの方だっちゃよ」



 少年は怯まない。


 「だろうね。俺が分からないほどの組織なら、面倒に違いない。で?俺が手を出したのは、どんなマイナーな処?」


 挑発・・誘導尋問か。銃口には隙がない。それなら、と挑発し返す。

 「殺し名を、知っているっちゃか?ああ、外国のマイナーなマフィアなら、知らなくても別に恥じることじゃないっちゃよ」



 裏社会と裏世界は、微妙に違う。経済や財政に少なからず関わる社会の暗部と、秩序すらない暴力の世界は似ているようで、重ならない。

 この件は、不慮の事故か。

 おそらく零崎が開始されたところに運悪くマフィアがいあわせたのだろう。



 「殺し名・・・殺し名、呪い名。そうか、じゃぁ、お兄さんはジャッポーネの人殺し集団?でも、いくつかあるんだよね。
 こんなことなら、家光に聞いてくれば良かった」


 知っていたことに、正直驚いた。こんなガキが。


 「それなら俺の組織は、聞けばわかるよね?なんだそれなんて返されたら、いくらこんな極東だっていっても哂ってあげるよ!」

 もったいつけて、少年が銀の銃をくるりと舞わす。

 「イタリアンマフィア、ボンゴレファミリー」


 (ボンゴレ、)

 正直、その規模に眩暈がした。


 「・・知ってるっちゃよ」



 だが、それでも。



 「けど、もう取り返しはきかないっちゃ。零崎一賊は家賊を傷付けたものを赦さない」


 愚神礼賛を構える。

 ここでこの少年は、殺さなければならない。



 ふ、と少年が柔らかく笑う。


 「いいよ。取り返せないことなら、気が済むまで俺を殺しに来たらいい」

 「な、」

 遮られる。



 「俺にも、守るべきファミリーがいるから」



 既視感に襲われる。

 (家族・・)



 「だから、全部返り討ちにしてあげる」

 ただしこれ以上俺のファミリーに手を出せば、皆殺し!



 (まるで零崎、的な)


 既視感を覚えるのは、その目。

 玩具で遊ぶように、おもちゃを壊すように銃を扱う殺意も何もないその目は、家賊と対峙してるようだった。





 零崎ではない家族を持つ、殺人鬼。




 「レンなら、もっと早く気がついたっちゃかね・・」


 やれやれ、と力を抜くと不思議に思ったのか少年が近付いてきた。
 警戒心の薄いその様子に確信した。きっとこの少年も、自分が同類だと気が付いているのだろう。

 そしてこの状況の解決案も出た。


 「お前、俺等の家賊にならないか?」


 きょとんと首が傾げられる。

 「流血でつながる殺人鬼の一賊だっちゃよ。正直俺も、ボンゴレを相手にするのは避けたい。零崎は家賊を見捨てない。

 だからお前が零崎になれば、」


 「殺し名とマフィアの戦いは起こらない、と」



 納得したように笑って。

 (よく笑う)


 「いいよ!」

 お兄さん、気に入ったしね。

 「まぁ、ボンゴレは絶対抜けないけど、」


 


 俺が必要なら、世界中の何処からだって助けに来るよ。