くふりと、空気の抜ける音を聞く。そして抜け落ちていく感覚。 感触。 唐突に理解した――などというご都合主義な話では無い。知っていたのだ。 きっと、手段だけをしっていた。 二度目は決して訪れない。だから手段を経た後の、結果が判らずに、怖かったから。 死ぬことと同じだった。――身体的に欠損した後、人は何を思うのか。 ――精神的に散開した後、化物は何になるのか。つまり衝動に理性を押しつぶさせると思念はどうなるのか。 眺め下ろした薄いあおの瞳が驚愕を映すのを、最後に哂って。 塗りつぶさせた。 倒れ伏したグリムジョーの手を取る。刀を握ったままの右手ではなく、左手だ。 一度失った事など忘れたかのように血を流すその腕に、小さく笑う。だが紛れもなく彼の一部であるそれ。 グリムジョーは振り払う力も尽きたように鬱陶しげに目線だけを動かす。 屈んだ己の咽元に、その掌を押しつける。 「」 怪訝そうに見るその唇がやっと離せ、と紡ごうとした、時。 虚閃。 砥いだ鉤爪の指先に収縮されたその閃光は、その持ち主の意思から発したものではない。 自分ではそれだけの破壊すらできない私の意図だ。この肌から流れ出る霊圧を媒介に利用させた操作。 反射によって引き戻されそうになった腕を逃すまいと身を乗り出す。 理解し難い事態に困惑するグリムジョーを見下ろしたまま、虚閃を、放たせた。衝撃。暗転。 ・・・・ 目を開く。 封じられた自らの虚としての核は、その封じが無自覚だからこそ解くことができない。 ならば、その無自覚を自覚ごと消し去れば解けるという、道理。 虚閃によって潰した意識とは別に、身体は吹き飛ばされただけの様だ。立った位置からの視点で世界と再会する。 意識は回復し、けれどもその視界から見た世界はどうしようもなく遠い。 びりびりと麻痺した肌。 あぁ。 違う。 これは、遠い感覚のせいではない。 これは自分の霊圧が、大気に満ち満ちているせいだ。 幽かに識っている自分について。 この霊力は、この躯は、もともと虚の塊でしかなかった。積りにつもった滓の莫大な。 厳しい環境を呈する虚圏の何処かに、凝って淀んだ欠片たちだった。自我も何もなく折り重なって。 いつしか歪んでいびつな循環を始め、溶けて収斂されていく。滓一つ残さず呑み込んで、膨大な無秩序になる。 “私”はどうしようもなく溶け残った一つの意識だった。残滓として、残されてしまっただけの。 だから理由もなく、本能もなく、何故だかわからないままに生きている。延長として生き続け、だから永遠として残され続ける。 死んだものだから、死んだものとしていままで。 だというのに。 世界は遠い。認識できる視野は、狭く、ただ肌に伝わる感触が主な情報源だ。 意識はある。思考もしている。しかし身体の支配権はまるで無い。 何かの殻をかぶって、ただ眺めているだけの様だった。 意志は、ひとつだ。 壊す。取り込む。存在の、融解。 私の世界は、私の胎内(ナカ)に、在るべきだ。 「生きてみろというのなら、私の為に死んでみせて」