わあわあと、賑やかな声がする。正門からの部活勧誘の声だ。
 やたらと張り切ってるなと苦笑して、まあ当たり前かと自己完結。
 部活という、高校生活にとって重要なファクターは誰にとっても一大事だろう。
 なんといってもこの誠凛高校は去年できたばかりの新設校であり、2期生の入る今年に戦力を得て一躍校内での主役を張ろうと、
 どこも意気込んでいるはずだからだ。去年自分たちが奮起して作り上げたものをつないでいくための第一歩。
 伝統となるか露と消えるか、ひとつの分かれ目だともいえる。

 運動部、文化部、同好会。
 野球、水泳、サッカー、バレー、ラグビー。

 「バスケに、テニス…」

 手に持った一枚のプリントに目を落とす。
 ぴらり、とそれを翻して。
 廊下に立ち止まっていた足を、教室へと動かした。





     ● ○ ●





 「えぇーーー!?」

 その日の放課後、目の前に白紙のプリントを突き返されて男子バスケ部監督、相田リコは盛大に不満の声をあげた。

 「なんで!?今年こそは入部してくれると思ったのに!こないだまでいい感じに練習に来てくれてたじゃないーっ」

 せっかく新入部員も入ってきて、しかも!即戦力になりそうなくらいヤバいのが!
 ひとりはアメリカ帰りの動猛そうな奴でね、もう一人はなんと、あの帝光中バスケ部出身なのよ!

 「リコちゃん」

 何やら違う方向をむきだした会話にストップをかけるべく、リコにプリントを差し出した男子生徒が声をかける。
 機嫌良く話していたリコはふいっと元の不満を取り戻して口をつぐむ。彼女の腕は胸の前で組まれて受け取る気配が全くない。

 「いやよ!その入部届けはちゃんとアンタが持ってなさい、君」

 「そうだぞ、まだ決めんのは早いんじゃねえか?今年の一年見てからでも」

 ひょいと会話に入り込んできたのはバスケ部のキャプテンでリコと同じクラスの日向順平だ。
 思わぬ援護にプリントを差し出したまま男子生徒――は困ったように笑う。
 強気に出られないのは今までさんざん彼女らに甘えてきたつけである。
 今回はさらに彼らを拒絶しようというのだから、我ながら自分勝手だと、自嘲するしかない。

 「そうよ!今日からやっと仮入部で活動するんだから、来てくれなきゃ困るわ」

 「いや、俺は今日から一年が来るから顔を出すのをやめようと思ったんだけど。人数が揃うなら、わざわざ部外者はいらないだろ?」

 「だーかーら、正式な部員として入部届け出してくれるよう頼んだんじゃない!
  選手じゃなくても、せめてマネージャーでって、譲歩までしたのに」

 ああ、とリコが大袈裟に嘆いて見せる。せっかく恵まれた体格なのに運動部に入らないなんて。
 その様子を半笑いで見ていた日向が にとにかく、と向き直る。

 「一年との顔合わせ、見学だけでもしに来いよ、な?」





     ● ○ ●





 「あの顔は強制だった・・」

 しょうがないと自分に言い訳しつつ体育館に赴く。雑用で出遅れたのは不可抗力だが着替えなかったのは意思表明のつもりである。

 出入り口から体育館をのぞくと見慣れたメンバーと、見慣れない新入部員たちがいた。
 ちょうど、リコが新入りの身体能力値をみているところの様だった。
 順々に指摘していたリコの声が赤い髪の新入部員の前でにわかに停止した。

 「いい体格してんなあいつ」

 動くことでつくられた身体だ。バスケが上手いのだろうと単純に思える。
 赤い髪の一年から目を離したリコと、部員達が何か言いながらまわりを見渡す。と、リコと目があってしまった。

 「黒子は僕です」

 わあ、と。
 その直後のタイミングで最後の新入部員に不意を突かれた皆の声が体育館にこだまする。
 わいわいと、その騒ぎの中心にあらわれた薄い髪色の一年生。

 「・・空気に溶けそうな子だな」
 「んで、さっきからそこで覗いてる君!いい加減中に入ってきなさい」
 
 う。
 カントクが呼ぶなら仕方がない。
 制服のまま体育館に入ってちょっと居たたまれない気分のまま、バスケ部に歩み寄った。

 「、ちゃんと来たな」
 「よ、日向。なあ、俺場違いだから帰りたいんだけどさ」
 「なに言ってんの、立派な部内者じゃない。ここまで来といてハイさよなら、って帰すわけないでしょ」

 え?先輩、だよな。なんで制服なんだろう。遅れてきたのかな?バッカどう見てもバスケ部だろーよ。
 好奇の視線とはこういうことか。ざわざわと困惑する新入部員たちは完全においてきぼりだ。
 ふと気が惹かれたと思ったら、影の薄い――黒子くんがじっと俺を見ていたから笑いかけてみる。

 「2年B組、です。部活は入ってません」

 黒子くんの目が大きくなって、あ、意外と素直に感情表現するんだと思った。表情に出にくいだけなのかも。
 はあ!?と一人大きな声をあげたのは赤い髪の・・赤いやつでいっか。

 「バスケ部じゃねえのかよ!・・・ですか」
 「あー、彼はウチのマネージャーみたいなことしてくれてるの。去年からだから、もう部員みたいなものよ」
 「あれっ?カントクに入部届け渡してたじゃん。まだ受理してないの?」
 「コガ、それがな、あいつ今日それを白紙でつっ返しやがったんだよ」

 ご丁寧にカントクまでな、と日向が言う。別に間違ったことしてないんだから残念そうにこっちを見ないでほしい。
 え?じゃあ結局?

 「その話は後。とりあえず今日の練習始めましょ!もちろん、手伝ってくれるのよね、君?」
 
 今日はそんな日なのか、強制参加が決定されたようだ。手伝う気はあるが。
 苦笑する伊月や心配そうな水戸部に大丈夫だと笑い返して、ひとつだけ引っかかったことを聞いておく。

 「ところでさ、黒子くんの数値は視とかなくていーの?」

 あ、と皆の声がそろった。





     ● ○ ●





 部活を終え、帰り道。何かを考え込んでいるリコの隣を歩く。
 聞けばあの後視た黒子の身体能力についてだというが、いずれ判るだろうという結論で落ち着いた。
 そしてそこで仕切りなおし、とリコが真正面から俺を見る。

 「練習に、来てくれる気はあるの?」
 「迷惑じゃないのならな」

 間髪いれずに返したことばに、リコの眉間が寄る。

 「正直、来てくれた方が練習の質も上がるし、助かるわ。・・でも、強制したいわけじゃない」

 「強制なんかじゃない。俺は自主的に参加させてもらってたし、むしろバスケ部みんなの厚意に甘えすぎてた。
  だから、この機会にそれを止めようと思ったんだ」

 「バスケを止めて、じゃあ、もう一度始めるの?・・テニス」

 ためらいがちに彼女が訊く。俺にとってそれはそこまでデリケートな問題じゃ無いが、聞きづらいのも分からなくはない。
 俺が中学でやっていたテニスをやめたのは、故障が原因だったから。

 「テニスに戻る気は今のとこないな。体を動かすのは好きだから何かしら運動は続けるだろうが。
  だから甘えが許されるんなら、今までと同じにバスケ部で練習できたら俺には願ったり、なんだよ。

  俺はバスケ部を支えたいと思ってる。微力でも力になるなら、せめてあいつが戻るまで、俺も助けになりたい」

 ま、俺なんかよりずっと頼りになりそうなのが来てくれたけど。
 最後は茶化すように言うと、リコはあきれたように笑ってくれた。

 「君が望むんなら、今まで通りで良いわ。練習にだけ参加して、試合には出ない。戦力には数えない」

 すっっっごく、惜しいんだけど!

 「その代わり!マネージャーとしてでも、入部だけはすること!」

 びしりとリコが突き付けた指先をみる。
 真っ直ぐに、必要としてくれる気持ちが伝わる。それはバスケ部が好きな俺にとって、願ってもないことだ。


 「よろしくお願いします。カントク」