ザッ、と足音も荒々しくその部屋の主が帰還する。 目を伏せていても真正面に現れたはずのその男の視線を感じた。 そのためにこの場所のこの位置を取っていたのだけれど。 「お帰りなさい、グリムジョー」 足音は再び響く。相も変わらず乱暴に、いやむしろ先程よりもいらだたしげに。 ただ視線だけは動かさずに突き刺してくる。 「アナタ以外は全滅しちゃったの?11番さんも15番さんももちろん最弱の16番さんも、みぃんな?」 唇を吊り上げてみる。グリムジョーは無言だ。きっと不愉快な顔をしているだろうし、このピリピリとした重圧も無言の命令だ。 私が服従しなければならないはずの。 気づかぬ振りをしていることなんて、気づかれているに違いない。グリムジョーを視界から閉め出すのはおろかな私のわずかな賢明さ。 耐えきれた例も無いのに。これも当に、愚の骨頂。 「目ぇ、開けろ」 グリムジョーはまわした片腕でぐい、と私の後ろ髪を引く。あごがそれる。それは、差し出される羊の心地。 立ったまま高い位置から見下ろす視線は、物質的形状を持たされたように痛い。 ゆるく、まぶたを上げる。 暗がりに赤と青を絡ませて、グリムジョーはそこに居た。 「バランスが悪くなったようね?」 屈辱か、険しく顔をゆがめる。緩めない。塞がれた手の代わりに突きぬこうと、視線が強まる。やはりそれは、私を逃そうとしない。 失われた片手分の質量の、さめた空気が体を撫ぜる。 「何の、つもりだ?」 グリムジョーは昂ぶった感情を押し殺すような声で問う。 私の浅慮を焚きつけるように。私の手の届くところまで堕ちてきながら。 抑えるべきだろうか。 私はこの衝動をどうしたらいい? 手に入れたい、殺したい壊してしまいたい。殺して欲しい。 失くした中心が、痛い。 これも、悲しいのではない。ただ、叫びだしたいほどの歓喜と欲望から。 私は求めることができる。求めるものが、側に。 失くしたけれどまた、一瞬でも満たせるかもしれないという愚かしい想い。 不安も厭いも畏れも感じない。 どうしてか。 「てめぇは、なんで」 恋?なぁにそれ。 捕食者とその虜囚は騙しあい喰らいあうのみだろう。 私は、その色素の薄い眸に喰われる虜囚だ。自身の貪欲に囚われた愚かな捕食者。 「所有に証し立てと管理は、必要じゃない?」 「お前は俺のモノだと、認めろってか」 はっ、とグリムジョーは顔を歪める。強い視線はもはや私を貫いて留めた。 嗜虐の色が加味されたそれに、私は満足に息をつく。 捕食者であり、虜囚。 口に咥えるのは相手の喉笛であり、握りこまれたのは命綱だ。 「いいぜ?、てめえは俺の、所有物だ」 刻まれた紅いしるしとその温度は、火傷のように疼いた。