キセキの世代―――。

 超強豪校、帝光中学校バスケットボール部で特に「最強」と呼ばれ無敗を誇った、10年に一人の天才が5人同時にいた世代。
 そして、その5人以外誰にも知られていなかった噂の幻の6人目(シックスマン)。

 膨大な部員数を誇る強豪校、と聞くとつい自分の母校を思い出してしまう。
 天才には縁がある。
 母校である強豪校、氷帝学園テニス部でも、選ばれた一握りだけが上に行けた。


 はじめてバスケの世界でキセキの世代と呼ばれる、その才能を目のあたりにした。

 マネージャーとして同行した誠凛と海常の練習試合、黄瀬涼太は存分にその力量を示した。
 全国クラスのチームの中で、周りを霞ませるほどの圧倒的プレー。
 感嘆する。
 このレベルの才能が、5人。同じ年で同じチームで、存分に勝利してたっていうのか。
 正に奇跡。

 そして天才というなら、火神大我と黒子テツヤも。
 なんとも、頼もしい後輩が入ってきたものだ。






     ● ○ ●





 「がっつりいこうか」

 と笑顔のリコに連れられて、練習試合後の誠凛メンバーはステーキ屋に来ていた。
 問答する間もなく男子の人数分注文しようとするリコを何とか押しとどめ、名目マネージャーの分を減らすことには成功した。
 逆に言えば部員は全員もれなくチャレンジすることになったのだけれど。
 とはいいつつ俺もいくらか肉を詰め込むことになったのだが・・まあ無事に大盛りステーキを(主に火神が)時間内で
 消化し終え一行は店を後にしようとした、ところで。

 「黒子は?」

 「いや・・マジでいねぇ…ですよ」

 「・・・え?」


 行方不明の黒子を捜索するため、一人で近くの公園まで来た。
 連絡なく目の届きづらい屋内に入るということを黒子はしないだろうから、屋外で可能性の高そうなところを考えた結果だ。
 ふらついてる可能性も高いので他の皆は移動しながら探すことになっている。俺の単独行動の許可はちゃんととったし。
 連絡も携帯ですぐに付く。合流したら黒子の携帯番号を教えてもらわなければ。

 「黒子ケータイもってんのかな」

 ふと思ったことを口に出すと、あの後輩なら持ってないと言いだす気もするから困る。
 見まわしてあたりを探してもそれらしい影は見つからない。引き返そうかと考えたそのとき、聞きなれた音がした。
 たぶん、そこに黒子はいない。
 しかしすでに、無意識に足がその音の聞こえる方に向かっていた。道を曲がると意外と近くにそれはある。テニスコートだ。
 ボールをうつ、打撃音が響く。
 黄色いボールが跳ねる。
 目が、軌道を追う。

 なんだか、ひどく新鮮に感じた。


 「さん」

 驚いて、反射的に声が聞こえた方を見る。
 いつの間にか隣には知っている人物がいた。俺より低いが、長身細身、年下に見えない落ち着いた雰囲気の青年。
 そうだ、彼らは神奈川だった。偶然にしては出来すぎているが、確率的にはありえなくない、思いがけない邂逅。 

 「柳、蓮二くん」

 「覚えていらしたんですね、お久しぶりです。氷帝学園の高等部には進まれなかったようですが、高校はこちらに?」
 
 「立海三強(ビックスリー)を忘れるわけないだろ」

 むしろ彼がよく自分のことを覚えていたな、と思う。挨拶も会話もしたことがあるが、最後にあったのは一年以上前だったのに。
 まあデータテニスを得意とする、底知れない彼の情報網なら不思議はないが。

 「今日は用事で来てんだ。高校は東京の誠凛ってとこ」

 「都内に去年できた新設校ですね」

 「さすが、良く知ってるな。柳くんは、そのまま立海?」

 ええ、と頷いて柳がテニスコートの周囲をおおうフェンスへ顔をむける。コート内から柳を呼ぶ柔らな声に反応したのだ。
 コート内に居る姿を見ていたから先程よりも驚くことなく、しかしとんだ偶然に苦笑しながら、俺は振り返った。

 「もちろん、幸村たちも」

 声と同じく柔らかな笑みを見せるジャージを肩にはおった、どこか儚げな印象をもたせる人。
 しかし彼は三強の頂点、神の子と呼ばれるテニスの天才、幸村精市その人だ。

 「久し振りだな、幸村くん」





     ● ○ ●





 「本当にお久しぶりです。高校に上がってから、さんが氷帝に居られないと知って驚きました」

 長居するつもりはなかったが、俺は彼らの誘いを断れずにコートの中へ足を踏み入れた。
 集まっていたのはごく少人数で柳と幸村のほかは、先程までコートで打っていた真田と切原だけだった。
 切原は幸村の次の立海の部長らしく、新入生が入ってきたこの時期にその参考を聞きたいとと、先輩を頼って呼び出したらしい。

 「実際は俺が先輩たちと打ちたかったからなんすけどね!」

 部を任された身で、なんとも楽観的な言い分。しかしその性格に慣れているのか柳たちは苦笑のみだ。
 真田も叱りはするが、むしろこちらが心配になるとあきれていた。
 でも幸村から部長を引き継ぎ、信頼を受けている様子をみると、切原もテニスの相当な実力者だろう。

 「学年的に1年かぶってるけど、赤也はさんのことあまり知らないだろう。
  彼は氷帝学園テニス部OBで、元正レギュラー。一昨年の関東大会決勝戦で立海と対戦している」

 幸村が簡潔に紹介をする横で、柳が補完しようとするのを断る。俺は立海三強を前にしてまで誇れるような成績じゃない。
 それに。

 「知らないかもしれないが、中学の部活引退あたりで肘をやっちゃってな。完治はしたけどテニスは続けてないんだ」

 「え!?テニス部じゃないんすか?今日だってジャージ着てんのに!」

 「む、俺も部活の練習試合でもこちらであったかと思っていたのですが」

 「一応部活だけどな。バスケの・・!」

 あ、黒子を探してたんだった。
 バスケというワードに驚く幸村たちと別の意味で停止してから、慌てて携帯を確認する。日向とリコからの着信が、数回。
 う、わー・・。
 彼らに断ってから連絡をとると、日向から集合を伝えられた。ちょうど黒子が見つかったところだったらしい。

 「お引き留めしてすいません」

 「いや、俺が忘れてたんだ。謝んな。久し振りに会えてテンションあがってたみたいだな、悪い」

 ミイラ取りがミイラに、なんてべたなことをしたのは自分だ。けれど幸村たちはまだ若干申し訳なさそうにしている。
 慌てたところを見せすぎたようで、このままでは後味がわるい。
 そうだ、とさっきとりだした携帯を示して軽く笑う。

 「連絡先、交換しないか?な、ここで会ったのもなにかの縁だろ」

 快く了承した幸村たちに、遊ぶ時はおごってやるというと切原が食いついて真田がげんこつを落とそうとする。
 それを避けて俺の後ろに回り込んだ切原が、ひょいと下から顔をのぞく。

 「そういや、センパイは今バスケしてるってことっすか?」

 「バスケ部のマネージャーだ。暇なら、って友人に頼まれてな」

 「じゃあ!暇なとき俺とテニスしてくださいよ!」

 いつでもいいっすから、と迫られて苦笑する。
 真田や柳が、遠慮を知らない後輩をいさめる前に都合が合えばな、とだけ返しておく。
 遊ぶだけならいいが、テニスをするなら場所も時間も限られるし、ということも伝えておく。
 それを見ていた幸村がでは、と真っ直ぐに俺をみて言う。

 「俺とも、テニスしてくださいませんか?」

 柔らかな笑顔。しかし何故か有無を言いにくいそれ。先輩の都合に合わせますから、とさりげなく追撃。
 テニスをするのが、駄目なわけでも嫌なわけでも悪いわけでもない。彼らとの実力が伴わない心配はあるが。

 ただ少しだけ、心苦しい。
 笑ってああ、と言えたらよかったのに。


 「・・いつか、な」