ぬるりと、滑るように男の影が伸びた。


 上背ばかりある男の、細く長くしかし頑強な体躯が回廊をたちふさぐ。



 覗き込まれるような位置だ。

 ひどく、見下す様な眼をした男。




 「何か用かしら?ノイトラ」

 なんでその位置にくるのかしら。首が、痛くなるわ。


 仰ぐと同時に、その肩口がたやすく抑え込まれた。ノイトラの骨ばった大きな手が掛かる。
 頭上から抑揚の付いていない平坦な声が降る。



 「・・何故、あいつについた」



 思わず、笑いに震えた体を、咎めてなのか肩の手にぎちりと、力が籠った。



 「だって面白いじゃぁない」

 片腕を喪った十刃(エスパーダ)、なんて。


        
 「あいつはもう、(セスタ)じゃねぇ。あれだけ好き勝手やりやがった上に、腕を消されたんだ。当然だろうが。
 従属官ももてねえハズだぜ」



 ノイトラの大きな影にすっかり覆われて、表情が観づらい。
 眼の端で、黒い布のような髪がゆれるのも邪魔だ、と思う。

 す、と息を吸った。

 面倒だ。



 「そんなもの、私はどうでもいいの。藍染サマは誰に手を貸すのも自由だと言ったわ。
 誰に肩入れするのも、誰に力を与えるのも私が決めると良いって。聞いていたでしょう?

 私に強制出来るのは、私だけだって。そんな権利を与えられた」



 表情が見づらいのなら、表情を作らなくてもいいだろう。ただ声に、嘲りをのせてみる。

 「まぁ、何にしろアナタには関係なさそうな話よねぇ」


 補助が必要なほど、自分を過小評価してはいないだろうに。過大評価だといえるほど、ノイトラを知ってはいないが。




 「俺は使えるモンなら使うぜ、」

 閃くノイトラの舌先に刻印された数字が、目にしたかのように浮かんだ。陰に侵されて、吊った口内はただの闇でしかない。
 並びのいい薄い歯が目立つ。


 苛立って、立ち去ってしまえばよかったのに。



 何故だか、この男の影に居るのは気に障った。根拠も不透明にただ頑強さを誇るノイトラに、反発しているとでもいうのだろうか。
 見下すその眼が、気に喰わないのだとでも。



 「・・少し、言い間違えたかしら。

 ノイトラ、私の意思なんて、アナタには何の関係もないわ」


 眼の端で煩い、ノイトラの髪を掴んで引いた。



 「私、アナタの眼、嫌いみたい」

 思い切り口を歪めて、笑顔らしきものを向けてやる。苛立って立ち去りたかったのは自分の方だ。




 表面だけをなぞって落ちるその視線。利用価値を測って突き放す眼。

 当たり前だ。
 自分を見る視線に、これ程相応しいものもない。そのような存在だということを、自覚している。


 その自覚こそが目障りだった。気づきながら、気付きたくなかった事。





 不意に、足音とともに近付く気配がした。

 「ノイトラ様!」

 「・・テスラ」

 髪に絡んだ手を払い、ノイトラは無表情に離れた。そのまま、歩き出す。ウルキオラよりもよほど訳のわからない男かもしれない。
 興味が失せたとでも言いたげなその背に、テスラが続く。

 行くのか、と思ってみているとテスラだけが振り向いてこちらを睨んだ。ひらりと手を振ってやる。

 ぐ、と不機嫌に歪んだ顔に笑って逆を向いた。



 「さっきの閉塞感も、嫌いだわ」






















 何故、グリムジョーを選んだのか?




 喪いたくなかったからだ。




 何ものでもなく、私だけを映すその瞳を。