あなたの、その眼。

 私をみる、その色。

 それが、欲しくなったのだ。

 お前はだれだ、と問うその、瞳。


 (ねぇ、グリムジョー、)






















 「おや、置いてきぼりかい?」


 「あら、検査の時間だと思ったのだけど」

 邪魔なら戻るわ。とは言いつつも開けた扉を閉めて椅子に座ったままのザエルアポロに向き直った。
 どうせ暇な身である、今現在。


 「キミもついていったのかと思っていたよ。彼もあの状態で、何をするつもりなんだか」


 口元を吊り上げたザエルアポロは、大袈裟にハッと息を吐く。


 芝居染みた、どちらかといえば時折彼の方が、彼が嗤う対象よりも滑稽に思える所作をする。
 どちらかといえば、嫌いではない。

 だって見ていて可笑しいではないか。


 「知らなぁい。私は要らないから、虚圏にいろですって」

 結局現世に行ったのは、ウルキオラにヤミー、ルピに、あぁほら新しいコ。


 「それと片腕の、グリムジョー・・・」


 グリムジョーが思い浮かんだ。不機嫌そうだというか。何か釈然としない様子の。

 「ホント、何でかしらね。使えばいいのに」


 正直、ルピが“6”になった意味が分からない。私の力を使えば片腕分以上の働きが得られるというのに。
 技術ではない、純粋な力で敵をつぶすことに、何の躊躇いも持ち合わせていないだろうに。

 釈然としないのは、東仙の(藍染の、)その仕打ちだけなのだろうか。



 「・・キミが物思いにふけるのは珍しいね」

 どうでもよさそうにぼんやりしてることは多いけれどね。と、ザエルアポロは何とも無神経な言葉を続けた。


 「それとも、苛立っているのかな?いつもより口数が多いようだ」

 ひじ掛けについた手で顔を支え、斜め下から興味深げな眼がのぞく。
 それにかかる白いフレームを透かして、不意に彼の兄を思い出した。グリムジョーと伴に、現世に行って壊されて回収された。


 「あら、あなたがそれ程野暮なんて知らなかったわ」

 さらさらと長い、あの金色の髪も嫌いではなかったのだけど。


 「それとも、精神面での研究でも始めたの?」

 「あいにくだけど、専門外だよ」

 ク、と振動した、肩に手をおく。もう片方で、白いフレームを取り外した。
 今度は不可解そうに眉が寄るが、ザエルアポロは何も言わない。
 

 「あらぁ、存外参考になるかもしれないわよ?」


 自分の饒舌さが、なんだか滑稽だった。可笑しい。










 キミは自分を知りたいのかい?と研究者は言った。何故自分に協力する気になったのかと。

 力の使い方が知りたいからだと答えた。後は暇だからだと。


 もう一つ、あいまいな理由があることには気づいていた。
 自分を知りたいのではなく。私がどんなモノであるかなど、ではなくて。


 私は、自我がどんな物であるのかが識りたかった。


 だって“私”に自我はない。
 破面になるのも、進化も退化もどうでもよかった。面倒なだけだった。何もなかった。


 だって、グリムジョーが私を見るのだ。
 何モノでもなく私を、訝しげに真っ直ぐ捕らえてくるのだ。


 だから。










 「」

 すい、とフレームが手から奪われる。

 「まったく、ほんとに邪魔しに来たのか?八つ当りは他所でしてくれ」

 少々乱暴になった口調。目もとが似ている兄弟を思い出していたとは言わないことにする。怒られそうだ。
 代わりに笑顔を向けて謝っておく。ザエルアポロは何も言わなかった。

 椅子から立ち上がって髪をかきあげながらフレームを掛け直すその背に、饒舌にならないように一言だけ。



 「ねぇ、結局、私はどんなモノかしらね」







 あの眼から見た、私というモノは。