因果は、廻るのか巡るのか。
激突は、消すのか生むのか。
「よ!」
「・・どうも、こんにちは」
哀川さんは軽く、何度か会ったときと同じあの真っ赤なスーツで、骨董アパートではこの上なくも
どうしようもなく違和感塗れだというのにごく軽く、登場した。
ほんとは暇人なんじゃないだろうかこの人。
「ん?なんだ?お前が暇してると思って来てやったこの潤さんの親切を疑うのか?」
「誰ですかそんな恩知らずは。哀川さんにそんな仕打ちなんて怖いもの知らずの間抜けな愚者がいたものですね」
「名字で呼ぶんじゃねぇよ」
まぁアパートの扉が開けられる前に、彼女の愛車の到来で気持ちの準備をする余裕はあったけれど。
はあ、という生返事に哀川さんは少し首を傾けた。こわい顔でやらないでください怖いです。
「それで、ご親切に何をしに来られたんです?」
姿勢はそのままで、んー、と声を漏らす。んー、可愛いっちゃ可愛いけど哀川さんだからなあ。
「ま、ぶっちゃけあたしがいーたんで遊びたかっただけだけどな!」
開き直りやがった。
「いーたん大好き!」
さらに嫌がらせを受けた。さっき人を堂々と玩具扱いしたのはアンタだ!
そんな訳で連れ出されたアパートの前、赤いとしか言いようもなく真っ赤な哀川さんの愛車である
コブラに乗りこむことになったのだけれど。
コブラの横、誰もが気遅れするだろうその隣に、人影。
哀川さんの連れだろうか。堂々と気負いなく立つ人物が顔をあげる前にそう思った。
「 ciao.立ち寄ってみたのはいいんだけど、邪魔してしまったかな」
いーちゃん。 ・・・
認識した顔は、先日来日してしばらく日本に居ると言い残して去った、向こうでの友人だった。
だからここに現れた事に疑問は無い、ないのだがしかし。
向けられた表情はやけに、真意の見えない微笑みを浮かべていた。
ぎしりと。
空気が軋む錯覚を覚えそうな挑発的ともいえる。
耐えられるかと言われれば、耐えたくないという類。
「おうおうおう、いーたんってば本当モテモテで妬けちゃうなあ」
そこで。
絶対的な優位からそんな挑発を見下ろす、やけに嬉しそうな最強の赤色に、ぐいと肩を掴まれて口を噤んだ。
戯言の出番など、なさそうだ。
何しろ最強の目の前にいるのは。
赤色の闘志に笑顔を返す伊達男は。
本場本物、正真正銘――イタリアンマフィアの幹部だという、話だから。
「お初にお目にかかります。人類最強の請負人、赤き制裁・・哀川潤さん。
こんな魅力的な美しい人と知り合いだなんて、ホントに妬けるね、いーちゃん」
ちらりと向けられた流れる瞳は、色気さえ滲んでいるようだ。
笑んだ口唇の甘さは、さすがイタリアーノという処。
「あーあ、まさかいーたんに裏社会の最大級、しかもその中で最上級の、ボンゴレファミリーに繋がりがあったなんてな。
いくらあたしだってボンゴレの死刑執行人、成り下がった正統者・・=。
こんな有名人とは、初対面だぜ」
というか、有名だったのか。
ボンゴレの死刑執行人、成り下がった正統者。どちらも初めて耳にした。かろうじて、ボンゴレくらいしか引っかかるものが無い。
「ボンゴレファミリーって・・・あさり家族?」
コブラの助手席で脈絡もなくつぶやくと、カチリと側頭部に銃口が押し当てられた。鮮やかな手並みだ。
ついでに運転席から伸びた腕がその銃口を抑えてくれていた。見事すぎる反応です。
「・・哀川さん、かばってもらえて嬉しいですが、睨まなくていいです。前見て運転してください」
「あたしの車で発砲するなよ」
「あ、そっちでしたか」
後部座席に座るが、外人らしい仕草で、肩をすくめて銃をしまう。
「失礼。つい・・馬鹿にされた気がしたけど、ただの戯言、だろうね」
「ごめんねよく知らなくて。ええっと、確かその辺の話は、あんまりしてなかったしね」
まあボンゴレファミリーくらいは、知っていたけれど。知ってて邦訳を口にしたのは、そのとおり戯言だ。
「いーたんの"確か"ほど不確かな情報はないんじゃねえの?」
横から茶々をいれる哀川さん。こっちを見ながら笑っている。だから前を向いてください。
「んで、」
哀川さんは笑っている。
「そんで?あたしは何時までちんたら走ってなきゃぁいけねえんだ?」
笑っているが、雰囲気が変わった。ひと睨みで温度さえ変化した気がするのは、さすがの迫力だ。
困ったような笑顔が返ってくる。
にしては、珍しい・・いや以前と何も変わって無いのかもしれないが僕には意外に思える顔だった。
ミラー越しに映ったその、外人にしては曖昧さが目立つような表情の、さらに後方に黒塗りの外国車が迫っていた。
ああ、いかにもな感じで追ってくる。
「振り切ってくれてよかったんですけど、やっぱり、迷惑にもなりますしね」
いつ見られたんだろ。と独りごちては手の中の銃を軽く確認した。
風が髪をかき交ぜ弄るオープンカーで、シートベルトをはずし上半身を後方へ向ける。
かき消されてもいいような音量だったのに、のその声は不思議と明瞭に、当然と揺らぎなく、耳に届いた。
「すぐに、終わりますよ」