私は世界を否定しない。
 力を求めはしない。

 感じることは何もなく。

 干渉など、起きはしない。

 無機物のように世界の一部である異物こそが、私だ。


 そう、思っていた。信じていたと、いってもいい。












 礼儀として閉ざされた扉をノックする。外側からしか開かないその扉に自分がおかしなことをした気になった。
 扉の内から、緊張した女の声。

 ひとつひとつ鍵をはずして、躊躇うこともなく押し開く。
 

 高めの窓からのぞく満たない月を背にして、囚われの少女は真っ直ぐに立っていた。恐れと、警戒と、拒絶を身に纏って
 それでも明確な敵意は持たないままに。

 「はじめまして」

 「・・はじめ、まして」

 帰ってきた返事に満足してにっこりと笑いかけてやると、それだけで少女の緊張が可哀相なお姫サマらしい素直さで緩む。

 「えっと・・なにか、あたしに用事ですか、」

 「ぁあ、よ」

 さん、と見つめあった瞳の中に不思議と、怯えはみつからなかった。愚直だ、と思う。井上織姫です、という的外れな発
 言は聞き流されて、脳裏の映像で見た姿が目の前に重なった。ウルキオラの前でみせた。

 護るのだと、破面相手に凛と立つ姿。


 井上織姫は、やさし過ぎる。
 毅いうえに優しく、易しい。芯がぶれないからどうとでも容が変えられうるのだ。人間が持つ、心。

 (破面が持たない、中心)

 そんなことを胸中で判じて、哂う。そう、如何でもいい、コトだ。




 「・・ひとつだけ、言いに来たの。織姫ちゃん」

 面談を要求した時のウルキオラの怪訝そうなエメラルドを思い描く。

 「グリムジョーの、左腕を、戻したんでしょ」

 ひくり、と織姫のおおきな円い目のふちが強張った。そういえばルピがそこで消えたのだったか。
 結局あれは、哀れな玩具でしかなかったのか。


 「感謝するわ」


 更に大きく見開かれた目が、どうして、と訴えた。あの左腕で、仲間が一人、消えてしまったのに。


 如何でも良い事だ。











 私は塗りつぶされたのだ。

 融和した世界を裂かれて。
 藍染に掴みあげられ、無色から白へと。



 グリムジョーは私にいう。

 此処に俺の目の前に居るのなら、曖昧さを甘さを躊躇いを捨てろ。
 視るに堪えない。
 喰らう価値もない。
 なぜ其処に存在している。
 流されるままに染められるばかりなのなら、壊れてしまえ。


 私だけを映したその眼が追い詰めてくる。逸らせずに逃げられない。


 どうしてだ。


 私はこの質量分、世界を占めているだけでいいではないの?
 意義を感情を意志を、色を与えてなんてくれなくて、いいじゃぁないか?

 気が付いてしまったじゃ、ないか。
 その眼のせいで。


 己の空虚に巣食う、渇望に。











 手を差し伸べて、柔らかな頬に添える。強張る織姫に何もしないわ、と微笑んだ。

 目をかすめた指先に反射で閉じた目蓋のさきの、長い睫毛に触れる。織姫には、ねぇ貴女、恋しい人がいるんでしょ?
 触れた頬が熱を帯びた。


 失くした中心を抉るような。

 「似たようなものかしら?教えてほしいわ」




 だって。



 私が欲しいのは、グリムジョーだけなのだもの。