高められた力に、どこか遠くが崩落するのをきいた。

 実際に耳にしたわけではない。

 だが砂に埋もれゆく回廊が容易く思い浮かぶほどには、虚無的な思考を持ち合わせている。

 がらがらと沈みゆく闇を、蹴破ったのはさて。

 姫君を救いに来るのが、白馬の王子ではなく黒衣の死神だというのなら、何と嗤える事だろうか。
















 「アレ?東仙サンは?」


 気配を気取る前にするり、耳朶に忍びこむ声。飄々と、灌ぎこむように。

 さぁ、と言うように首を傾けると、歩み寄りながらふぅん、と首を傾げられた。鏡合わせの滑稽な仕草に哂う。



 あの人に避けられるのは、慣れている。いや慣れるまでもなく受け入れている。

 目障りというより、きっと気持ちの悪い齟齬でも見た気になるのだろう。
 東仙は、私の曖昧さとは相容れない。

 きっと私の無規律を、許容することができないのだ。



 「君は、相変わらずやねぇ、ちゃん」

 隣に並んで画面を覗き込んだ市丸が言う。
 侵入者の善戦に興味がわかないまま、市丸の細められた眼に視線を移す。細面に張り付く偽悪に紛う。

 きっとそこに感情は無い。

 「なぁ、に?」


 飄々とした、諧謔めいた。



 「なんにも興味ないクセに、置いてかれんのは嫌がってるみたいや」


 まるで脳髄の隙間に灌ぎこむかのような言葉。



 市丸は私の無秩序を、そうと知った上でさらに掻き回す。吐息を漏らした。いや、息をのんだのが先だったか。

 「・・何にも知らないまま、巻込まれるのは苛々するのよ」

 何も聞こえなかった素振りの横顔。

 状況を知った後で、流される方が気分がましなのだ、とそれに言う。


 「ほんまに?」


 のぞき込んだ口角がにたりとあがった。薄い唇のせいか市丸の歪んだ口は罅割れた亀裂に似て。




 「手に入れたんを、手放してしまうんが怖いだけや、ないのん?」




 あぁそうやって。彼は時折、人でなしの振りをする。

 言葉遊びのようだ。

 皮膚を裂けば血と肉があかくあふれ出すくせに、そうではない、振りをする。

 偽悪めいた。

 死神のくせに、と思う。

 その薄い躰に空いた場所は無いくせに、心を亡くした、様を曝すのだ。



 あぁほら、それが。

 酷く面倒なのだ。

 そうと解釈してしまう、己が。



 相当に、嗤える。

 にこりと、唇を歪めてみせると市丸がこちらに向けたままの顔に、きょとんとした表情を浮かべた。いぃえ?


 「まだ、手に入れてなんていないもの」

 捕らえて囚われているだけだ。


 市丸のわずか不満げなようすに笑い声を洩らす。
 笑われるのに慣れないのか、拗ねた素振りで顔を逸らされた。



 彼の混沌とした欠乏は、きっと似て非なるもの。

 だって私には不安も厭いも畏れもない。

 気が付いた瞬間から求めることに、躊躇はない。



 死神だからか。

 市丸の覗く画面に映る黒衣を見遣る。

 姫君を救いにきた彼らに、興味を抱くのは心の、ゆえか。

 結末の先に何を見出すのだろう。


 骨ばって痩せた死神の指が、画面の上を求めるように辿った。






















 終末にしか、興味は無い。


 きっと、本能で理解している。

 崩壊する刹那にしか、この空虚は埋められない。