※18世紀、合邦後。公式の場=国名、のニュアンスです。



  
   on the side of angels







 最初にその姿をその場所に見出した時、フランシスは静かに動揺した。
 言葉が出なかったのは相手がさも当たり前のように、与えられた役割を違和感なくこなしていたからだ。

 アーサー、いや、イギリスは外交時の冷静な態度を崩さずに仕事の話をしている。
 その一歩後ろにつき従うの態度は優秀さの窺える、デキる部下そのものだ。

 先日(最も数十年単位でだが)まで自分を味方につけ、イギリスに敵対していたスコットランドが、何故
 そこにそうやって立っているのか、フランシスにはまったく解せなかった。


 いくら結婚(合邦)に達したとはいえ!

 アーサーはともかくも、は相手を毛嫌いしていたというのにだ!


 「・・では、これで終了だな?」

 上の空で返事を返す。
 フランシスが混乱しているうちに会合は終了し、隣国どうしの政治の話は終わった。
 そしてイギリスはその部下とともに退出していく。
 彼とは結局、一度も目が合う事が無かった。

 「失礼する」

 ドアを抜ける間際にアーサーが振り返る。
 優越者の笑みを、置き土産に。











 「・・ッなんだアレ!?」

 苛々と。
 持て余してやっぱり訳が分からない。
 のあの態度は、どうしたことか。

 「荒れているな。どうかしたのか」

 コツコツ、と形式だけのノックとともにドアが開く。遠慮も礼儀もない唐突さにぎょっとするが、すぐに得心
 して別の苛立ちに変わった。フランシスの部屋に現れたのは、だ。
 古馴染みの気安さで、久々に相対したその顔にわめく。

 「っどうかしたのはお前だろ!?なんっで・・!」

 あいつに従ってんだとか、抵抗しないのかとか、態度の豹変とか。

 結局のところ、心配していた相手が何事もなくて拍子抜けしたのだとは、フランシス自身わかっていたけれど。
 はあ、と溜息を吐いて落着きを取り戻す。うん、おにいさんは素敵な大人だからね。

 「・・で?おにいさん、てっきりがあいつに呪われたか毒盛られたか心配してたんだけれど?」

 フランシスの言葉にふと、が微笑む。思わず、凝視してしまう。
 落ち着こうと努力した心中を、かき乱すような表情だ。心配したという言葉に喜ぶだとか、嬉しくなったとか、
 そういう人間らしい笑みではなく、害意なく向けられた呼びかけに気紛れに許諾をかえす穏やかな獣のような。
 呼びかけが報われることを知っていて、そうして相手が喜ぶと判っていることを、喜ばしいと思う表情。
 それはやたらと彼に似合う感情で、特有ともいえる情動に違和感を抱かなくなるほど見慣れてしまった彼の姿だ。
 いつの間にか当初の苛立ちは跡型もなく消え去り、自分の知る彼に安堵したことを自覚した。

 「そうだな。礼を言う」

 けれども屈託もなくそういった後は、笑みは含む意味合いを変えていた。別の意味で心を乱される様な恐ろしさに
 思わず顔をしかめてしまった。そこには背筋に悪寒を走らせるような、憎悪が薄く浮いている。
 ただ一つ、彼の弟だけに向けられる。

 あるいはその憎悪もフランシスには見慣れた感情ではあったが、今のそれは息をのむほどに鋭い。

 は手を持ち上げ、薬指のリングを示す。
 フランシスには、それが、誰がどういった意図でそこにはめたのかがすぐに分かった。
 (あの坊ちゃんはまた・・・っ!)



 「これは誓いだ、正当な復讐のな。受けた屈辱の、象徴であるから」

 無表情に、眼だけが深く昏く。
 間違いようもなく、はアーサーを復讐の相手とみなしている。そこに肉親の情だとか、腐れ縁の諦めだとか
 いうようないっさいの甘さはなかった。

 「じゃあ何で、あいつの部下として、手助けをしてるんだ?」

 政治的にみるなら、の立場やあつかいとしてアーサーの部下に収まるのは、当然のなりゆきだ。
 けれど嫌っている相手にむざむざ仕えるような性格ではない。相応の理由が、なければ。

 「自分の力をつける為だ。それに、居なくなって困るのは頼みとしていた相手だろう?」

 つまりは発展を促すことで自身を発展させ、基盤を奪った上で離反するという意志。
 傲然とした姿勢だった。
 自分だったら感情のままに放棄するだろうところを。
 納得するのと同時に、フランシスはため息をついた。まったく、この兄弟はどうしてこう。


 「お前がいなくなれば、あの坊ちゃんはこれ以上ないほど悲しむと、俺はそう思うけど?」
 「それでは駄目だ」

 情で屈したわけでは無いのだ。そんなものは復讐ではなくただの当て擦りになる。女の嫉妬のようなものだ。
 は淡々と、だが意思強く話す。

 力で、屈服させなければ。


 「そうでなければ、いけない」

 誇り高いハイランダー、そのままに。
 どれほど難しかろうと自らに妥協を許すこと無く。


 は、いつだってそうなのだと、こんな時にこそ思い知る。自身に課すものを全うすることは
 当然なのだ。そんなもの愉しくもなんともないだろうに、といつだってフランシスは思うのだけれど。

 もういちど、ため息が出た。


 正義に味方をして、最終的に己の利を得る。
 もちろんこの場合の"正義"とは"正しいもの"ではなく"力あるもの"、だ。
 理屈は理解できるし、最終的に賢い選択なんだろう。解答ならば間違いなく正解だ。

 でも。
 でも、もう少しが馬鹿だったら。もう少しだけ弱い意志のもちぬしだったなら。
 アーサーと、もうちょっと違った関係が築けていたかもしれないのに。
 フランシスはそう思う。
 手段として部下となり事務的に接してくる兄と、その目的をかえりみることなく喜ぶ弟。
 アーサーの見せた優越が、憐れにすらみえる。
 そんないびつな関係でいいだなんて、どちらも嘘に決まっているだろうに。


 馬鹿げた意地の張り合いで、いびつな関係形成の仕方だけれど、フランシスにも判らないことじゃないのだ。
 弟はもちろん他人に頼ることをしない、彼が本音を話してくれるのは自分だけだと思えるから。
 自分が彼を心配していることを判っていて、心配するなと言いに来てくれるくらいの関係。
 それだけでも、嬉しいときはうれしい。

 の変わらぬ顔を見て、フランシスは苦笑のふりで、少しの優越にほほ笑んだ。