※
 忍たま六年生主、BL。主人公が病んでる。
 話が全部繋がってるわけではないけど、お好きな解釈で。
 名前変換なし。雰囲気で読んでください。








    暗転予告 

 1.手首を伝う、君の楔 
 2.刻みつけた契約 
 3.苦痛を感じる資格はないのに 
 4.復讐ならば鮮やかに 
 5.逃がさないよう鍵を掛ける 
 6.静かに膨らむ殺意と狂気 
 7.眠る君の傍らで 
 8.眼球の裏側に映る影 
 9.全て終わった、一つ残さず奪われて 
 10.これが終り、新たな始まり 




          (title by age 様)







2012.3.12

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 いやだ、と駄々をこねる子供の様な声で小平太はわらった。
 笑っているのに奇妙に歪んだ表情だった。
 それは例えば純真さを失くした大人のような。
 人殺しに飽いた忍のような。
 俺が欲しいのだと、小平太はいう。掴まれた手頸がぎしりと軋んだ。
 痛みは、既に麻痺していて、色の変わった指先が自分のものではないようだった。
 ごめんな。
 諦めたように笑って、諦めきれないと泣きそうな小平太の手首に触れる。
 お前の欲求に凡て応えれるような器はないんだ。
 俺ではお前を縛ることしかできない。俺は毒でしかないんだから、せめて、呑まずにいてくれ。
 諦めておくれと小平太に微笑む。

 突き放しても己の欲求は圧し通す、故の暴君、だったはずだ。
 だというのに小平太は、いまは術を持たない子供の様。賢しさを理由にする大人のようだ。
 壊れてほしくないなんて、傲慢なわがままだというのに。

 (お前の楔は、俺には重い)


                 手首を伝う、君の楔 
              (確かにそこにあるはずなのに)


 お前が欲しいと言ってみた。
 逃がさぬようにと掴んだ手頸は痛いだろうに、まるで気にならぬというような態度だ。
 どうしてだ。
 強いわけでは無いくせに、どうして抵抗しないんだ。
 私が触れたら、お前は壊れてしまうのに。
 私は、そのままが欲しいんだ。当たり前に平穏で、酷い奴のくせに、酷いからこそ残酷に優しいお前が。
 お前が壊れたらきっと皆が泣いてしまうぞ。
 私だっていやだ。
 手首に触れる手はそれでもやさしい。
 知ってるさ。
 ごめんとわらう、その笑顔すら、私のためなんだろう?

 ひどいやつだ。
 嫌だと拒絶してしまえばいいのに、そうしない。
 そのくせ欲しいと言うとやれぬと言う。
 無理矢理私に縛り付けたいわけじゃない。
 優しい顔を私だけに向けてほしくて、お前から手を差し伸べてほしくて。
 ただ、お前に触れていたいだけなのに。

 わかっているに決まってる。
 子供みたいな独占欲じゃ、お前は捕まってくれぬのだろう。

































 お前が主人だったのなら、私はお前のために何だってやったのだろうに。
 仙蔵は俺をじっと見つめながらそう言った。至極残念そうに。
 生憎と俺は忍びを持つほどの身分ではない。忍びとして仕える側だ。
 世の不条理を恨めばいいさ。
 そう冗談を受け流す。戯れだ。ただの暇つぶしにすぎない。
 寒気のはしるたわ言だけれど。
 仙蔵ほどの人間を、冗談にも扱いきれる気がしない。
 駆け引きが日常の従卒なんて、精神的な責め苦か何かだろうか。契約で繋がれた、その関係で満足するのか。
 お前の主人になれたって、支配される気なぞつゆともないくせに。
 忠誠すら、己のための道具だろう?
 仙蔵は優秀な"忍"であるから。
 情だけで動くことは、きっと無い。

 合意のなき契約の有効性はいかばかり。
 堕ちろと誘うその舌に、含まれた毒が首筋を焦がした。


刻みつけた契約
たがえることはゆるさない


 もしもこやつが国主ほどの身分を持っていたら、私は全力を挙げて仕えていたに違いない。この、私がだ。
 人を使う人間として、ほれぼれするほどに私の理想通りだ。
 仕える者を道具として使い、その上で相手が人だということを了解しており、無駄を嫌う。
 人間としてできた男では決してないが、国を富ますことができる人間だ。
 下で働ければ、さぞや愉快なことだろうに。おおいに惜しい。
 
 また、別のところで私は恋をしている。我ながら器用なものだ。
 いや同じことなのやもしれぬ。
 私は彼と離れようなどとは考えない。
 形式は存外、有効な手段だと思う。捧げられた一生はその分だけ保持する、こやつはそういう男だから。
 主従の契約は、だから夫婦の契りに等しい。
 かたちは重要だが、本質が同形ならば得るものはそこに在る。
 私はこやつを恋うているのだ。

 主従の契約が無理なのであれば、別のもので繋ぐのみだ。
 気だるげにさらされた首に顔をよせる。紅い痕を残す。
 ならば、一生刻みつけてやろうではないか。
 私という者を。

































 ねぇ、と舌足らずの甘えた声音。
 こぼした口は弛んだ、という表現が似合いすぎる。
 故意と無意識のはざまでわらうタカ丸がいつまでたっても好きになれない。
 (その好奇を、俺に向けてくれるな)
 好意を抱くことができるのに、生殺しの状態が終わらない。
 そこでまた、タカ丸のことがきらいになる。
 友と呼びたいのに。
 髪をすくって唇を寄せるように顔を寄せる、その仕種。キレイな髪だ、好きだよと繰り返す、甘い声音。
 危惧がないから背後にまわるのをゆるしているのに、気を抜けない。
 なのに振り向くと弛んだように笑うのだ。無邪気に。
 どうかした?なんて。

 お前のそういう処が、嫌いなんだよ。



苦痛を感じる資格はないのに
(だってわざとじゃないなんて、嘘)


 ねぇ、そうじゃないんだよ。
 ボクが欲しいのは友情じゃないんだ。あげたいのはそんな厚意じゃない。
 つれないよね。
 気が付いているくせに。
 ボクを見くびりすぎだよ。ううん、ボクの好意を見縊りすぎなんだ。
 君のそういったとこが関心を抱かせて、歓心をくすぐるんだってことに気が付いてないんだから。
 知らんぷりするくせに、簡単に引っかかっちゃう。
 可愛いったらない。
 愛が欲しいくせに、信じきれないだなんて。
 なきそうな顔も、すがるような目も、もの言いたげな口も。怒ったなんて嘘。
 無意識なんて、嘘でしょう?
 ボクはだから、わざと怒らせるように、とぼけてみせる。
 振り向いた君は、いつもとおんなじ顔。可愛い、その表情。
 好きだよ。
 ずっと伝えてるじゃない。
 いつまでもそんなだと、もっと困らせちゃうかも。ねぇ?

 だから、ボクの気持ちにはやくこたえて。
































 土壁に背を預けて脱力する。
 俺を陥れた張本人は、じっと無言で見詰めてくるだけだ。
 喜八郎は大きな目で音のたちそうな瞬きを一つして、眼差しで俺を追い詰める。
 その眼を見つめ返せない。
 押しのけてこの土の中から逃れるのは難しくは無いだろう。
 (その手に縋ることはない)
 振り払うことも、出来はしないけれど。

 結局。
 見なかったふりを続けるしかできない。

 狡賢く貪欲で。
 言うことなしに純粋な、欲求。
 そんなきれいなものなど俺にはないのに。
 ないから、だから、押し返せない。
 罠に足を取られる前にはやく、喜八郎が飽いてくれれば、いいのだ。


                       復讐ならば鮮やかに
           (ぜーんぶ悪いのは、あなた)


 私を見てくれないなんて、狡いお人だこと。

 先輩と私に、特に接点は無かった。
 だというのに何故か、彼は私の視界に入るのだ。不思議と。
 先輩が私の蛸壺のそばを通るたびに、嵌ってやくれないかと思ってしまう。
 目も合いやしないのに。

 (落としてしまえばいいのか)
 唐突に思い至って、だから、すぐさまわなを仕掛けた。
 狙われるなんて思わず油断しているのか、先輩は何度か引っかかってくれた。
 怒られると思ったのだ。
 けれど手を伸べても、ため息をついて苦笑うだけ。
 どうしてだろうと思って見詰めてみても、目をそらすだけ。
 先輩は、こすい。
 陥れた私を見てもくれない。
 なのに、そのくせ、私の頭を占めるんだから。

 だからこの罠は私からの復讐。
 私を嵌めた、先輩がわるいのだから。
































 聴こえもしない嗚咽に耳を澄ます。
 人の部屋に押し入ってから、一言も話さない兵助。文机の前に座っていた俺に手をのばして、俺の胸に顔を押し付けて。
 体重を預けるものだから、思わず後ろ手をついてしまった。
 一人部屋には気遣うべき同室者などいないが、俺がいたたまれない。
 どうした、と問いかけるべきなんだろう。けれども何故か、気にそわない。
 ふるえもせず、ただ兵助は俺の体温を確かめる。
 俺は何も言わない。
 だって、結局俺は兵助をすくえない。
 昨日忍務を受けて外出していたことを知っている。仲の良い五年生達がわずかに沈んでいたようだったから。
 だからこれは、その余韻なのだろう。
 熱の浮いた眼だった。
 血によった。
 いっそ泣けばましだった。耳触りのいい言葉で眠らせて。たち消えればいい。
 ああさっさと、その腕を解け。背に指が食い込んで、痛い。
 (いっそ、食い破ってしまえよ、兵助)
 その手は、すでに赤いだろう?

 俺じゃお前を掬えない。
 血に濡れた手では、いっしょに落ちるのが、関の山だ。
 

                           逃がさないよう鍵を掛ける 
                            その体温を支配するという夢想


 血が、舞っている。
 俺はもうとっくにその赤さを知っていた。
 だというのに、我慢が出来ずに先輩の部屋まで来てしまった。
 姿を見れば衝動のままに縋ってしまって。
 温もりをかみしめる。
 じりじりと身を焦がすようなこれは欲だ。飢えた獣に似た慾。薄汚い欲情を、戒めようとして身体に力が入る。
 
 大事に大事に囲い込んで、仕舞い込んでしまいたい。
 俺だけのものにするのだ。
 何処にも行かせずに。
 おんなじ場所にずっと居てくれればいいのに。

 俺は先輩が突き放せないと知っていた。
 卑怯、だがそれがどうしたというんだ。慾をぶつけることを汚すことを望んでいるような俺が、いまさら。
 俺は人を害せる。
 同時にそれは、人を守れるということじゃないか。
 なら、俺はこの人を。
 自分の力量くらいわかってる。未だ俺は弱い。けれどもいつか。
 俺だけのものにして。
 彼の世界を、錠で閉ざして。
 (そうしたならば)

 俺だけが、あなたを汚せるのだ。

































 べたりとのどに三郎の手が絡みつく。圧迫するかしないかの匙加減で、どうにも鬱陶しいとしか思えなかった。
 その手に力を込めるだけで手に入るものを。
 そんな風にしか思えない。
 お前のように、縋りたくて壊したくて迷って躊躇ってそれでも欲しいだなんて。
 そんな執着。
 時に羨ましくさえあるほどの。
 いっそその手で息の根を止めてしまえばいいのに。
 (止めてほしいのに)

 その執着に殺されるのは幸せであるかも知れないじゃないか。
 だってそれは、俺が三郎を支配した証し。膨らんで破裂した心の入手。
 きっと俺は、それを愛せる。
 瞬間に終わる永遠の愛。
 執着を手に入れるために、殺す三郎を、俺は永遠に手にしていられる。
 なんて自分勝手な愛だろうか。
 三郎は、幸せにならなきゃいけない。
 俺を手に入れて幸せでもいい、俺と死んで幸せでもいい、俺を忘れて幸せでもよく、誰かに救われて幸せになってもいいんだ。
 俺を殺すなら、三郎、お前はかなしんではいけない。
 つきぬけたところにある愛しか、きっと俺は執着できないから。

 ああ、だから、いたずらに膨らむその狂気をはやく萎ませてくれないだろうか。
 鬱陶しい期待を長びかせるのは酷だろう。
 三郎。
 お前の静寂は、安寧にはなりえないんだ。


          静かに膨らむ殺意と狂気
 その執着は自身を殺すが、あるいはそれが、幸せというものやもしれぬ。


 欲深いことは、罪深いことだ。
 私は、自分が罪人であることを知っている。人を殺した。人を騙った。私は天邪鬼だ。
 皆を信頼しているなんて、どの口が謂う。素顔さえ晒せない弱虫のくせに。
 それでも皆の信頼が欲しいし、皆と笑いたいし、幸せでありたいし、いつだって先輩が隣に居てほしい。
 (浅ましい)
 先輩ののどもとに手をかける。この手に、力を込めるだけ。
 殺す罪を憂えてるんじゃない。
 死んだら朽ちてしまうだけだとも識っている。
 でも俺だけのものに、ならないのならいっそ。
 骸を抱いて絶望するのが、私に似合いだ。
 幸せになりたいなんて。
 嘘だ。
 だって、幸せにすることなんて考えてもいない。
 私はこの人ならばいっしょに不幸になっても構わない。いっしょに居られればそこが地獄でもいい。
 
 己のその妄執。
 私は、この人を殺せない。
 骸ですらアイせそうな執着が、厭わしくて仕方ない。
 先輩。
 なあ、私を、たすけてくれよ。






























 


 雷蔵の指がこわごわと髪に触れる。
 ほんの戯れに膝枕を所望すれば、快諾するものだからこんな状態だ。雷蔵が優しいのがいけない。
 本当は困らせて置いていこうと思っていたなんて、言い出せなかった。
 嬉しそうに笑うんだから俺の方が困る。
 寝てしまおうと目を閉じた。

 お前の優しさは、忍になる俺にとって必要無いんだ。
 俺にお前はもったいないよ。こうして優しさに甘んじるだけでも十二分なのに。
 ほたりと、頬にあたたかなしずくが降って、俺は気付かないふりをする。

  そんなに泣くな。泣いては駄目だ。
 (泣いても何も変わらない)
 泣かないでくれ。
 こんな酷い男なんて忘れて、どこかで誰かとちゃんと幸せになってくれないか。
 でないと俺が悪者じゃないか。
  
 俺なんかのそばに居ない方が幸せだと、どうして考えてくれないのだろう。


眠る君の傍らで
(せめて眼を瞑っていて)


 僕の膝に頭を預けて、先輩が目を閉じる。それだけで信頼されているように感じて、すごく嬉しい。
 こんな風に幸せなほど、切なくなる。
 悪い癖だと分かっているけれど。
 ぜいたくにも続きを願ってしまって、力不足に思い到ってしまうから。
 先輩は忍になったら、優しさなどいらないと言う。
 憩いになることもできないのですか。きっとそれは僕が弱いからだ。足手まといだから。
 僕が助けたいだけで、先輩にとって僕が、別に必要なんかじゃないってわかっているのに。
 
 先輩は僕が優しいと仰る。
 違うんです。
 献身なんかじゃなくて、そばに居るためのいいわけなのに。
 否や程度も言えないほど、迷ってしまうだけなんです。
 言わなければこのままでいられるから。
 僕が優しいせいだという先輩が、僕を捨てていけないのを嬉しく思ってしまうから。
 先輩の傍らで感じる僕だけの幸せを、貴方が許してくれるから。

 こぼしてしまった涙をぬぐう。
 こんな簡単に涙が出るなんてほんとうにと、苦笑する。
 先輩のためなら何だってする。
 (何だってできるから、だから)
 ずっとそばに、居させてください。

































 伊作は俺が、好きなのだと。
 恋情に揺れる眼でこちらをうかがう視線のもと。それほど己をさらけ出すなど、忍者を志す者として愚かな振る舞いだ。
 薄情者。
 そう罵られても甘んじて受けようと思うほどに、伊作には冷淡に接しているつもりなのだが。
 そんな様子では、すぐに死んでしまうぞ。
 忍びらしく隠してくれればいいのに。
 そんな眼で俺を見るな。吐き棄てたくなる。
 お前を守れるほど俺は秀でてない。お前を救えるほど俺は強くない。お前を愛せるほど、俺は。
 (やさしくなど、無いというのに)
 
 伊作の目線を捉えて、じっと見つめる。周囲に他人の気配はなく、距離を開けて見つめあう俺と伊作に構う者はいない。
 期待を確信したいのなら、話しかけるには最適な状況。
 意地の悪い仕打ちだ。
 だというのに。
 ぱっと伊作の頬に朱がはしり、踵を返して走り去る。見えなくなっても、なおその方向を見つめた。
 ほら、遠ざかるのは、いつだって伊作からだ。
 結局、俺に向き合ってくれることはないじゃないか。
 お前は俺の態度を詰ったっていいのに。

 臆病者。
 自分の影に、そう、吐きすてた。


                                               眼球の裏側に映る影
                                      誰にも手が届かないただ自分のためだけの所有物。


 彼の姿を見るだけで、僕は眩暈を覚えるみたいだ。
 気が付いた時は、もう好きだった。
 なんでこんなに気になるんだろうって自分でも思うほど、彼の姿を追ってしまう。
 冷たくされても駄目だった。
 僕の気持ちが迷惑だから、って逆に申し訳なくなって。でも、気持ちは抑えきれない。
 僕なんかと全然違って、彼はなんでもできる人だ。そのうえで、誇示することなく誰にだってやさしい。
 一見まわりに興味が薄そうだけど、実はまわりをよくよく見ていて、さりげない気遣いがとても巧い。
 直接的じゃないけれど、僕の不運も、何度助けてもらったことか。
 彼の周りはいつだって平穏で居心地が良い。
 彼に触れるものが、羨ましくてたまらない。

 でも、だから、みるだけ。
 きっと触れてしまったら止められなくなってしまうから。
 自身に枷をはめないと、どこまででも束縛しそうなくらい、好きで。
 男の自分が女のような嫉妬をしても、どうにもならないってわかってる。好きでいて、ごめんなさい。
 でも、僕の眼球に映る彼は僕だけのものだ。
 だから、それで我慢しないと。

 彼が僕を見ている。
 その眼球に僕だけを映して。
 血がのぼる。眩暈がする、これは幻覚じゃあない?あ、脈拍がはやい。
 気が付いたら逃げ出していた。
 きっと彼は迷惑だと言いたかったのだろうけど、目の前でたおれる方が迷惑だろうから。
 それに、いくら嫌われていると知ってても、直接言われたくはなかったし。
 ずるずると物陰に座りこむ。

 火照る余韻に眼を閉じて、思い浮かべた彼にごめんね、とつぶやいた。
































 不愉快な思いをするのが嫌いだから、意識外に追い出して、なかったことにしてしまうんだよ。
 そう言って笑ったことがある。
 今より幼い勘右衛門は、どんな表情をしていたんだったか。覚えていない。
 けれど少なくとも、今まのあたりにしているような、こんな表情はしていなかった。
 人を食ったような笑み。
 せんぱい、と勘右衛門の口が動く。
 笑んだまま、好きだと告げる。
 大好きだと言いながら本気じゃないと目が告げる。何の遊びを始めたのやら。
 じゃれあいの延長で押し倒された体で苦笑する。

 不愉快にもなれない。ならば与えてやろうじゃないかと、そう思ってその口をふさいだ。
 一瞬の口吸いをおえると、勘右衛門の顔がゆがむ。
 望み通りにしてあげたのに。
 嬉しいならわらっておくれ。
 (ただの悪ふざけ、そうだろう?)
 勘右衛門はきっと俺とおなじだ。

 全てと言うなら、その命まで。
 科す覚悟ができたなら背負ってあげよう。


全て終わった、一つ残さず奪われて 
手札は取り落としてしまった


 与えられるのが嫌なら、それすらなかったことにすればいい。笑う先輩に、ただ感心した。
 きっとアナタをつかまえられたら、俺を掴まえていてくれる。
 そういう人なんだと感じた。
 だって、つまりは、先輩の意識の中に許されることは、求めてくれてる証しなのだ。
 欲しいのなら、その分だけの等価を求める人。
 忍者に向いた思考だと思った。

 純粋な打算。下心しかない親切。
 意識してても無意識でも、人間ってそういうものだと思ってる。自愛を裏返したものが慈愛だ。
 まあ、例外的な好い奴もいっぱいいるんだけどね。
 自分よりほかを優先できる、優しい奴ら。
 でもほとんどの人が、自分の境界内の大切なもの以外、見捨てることができるだろう。
 それ以下の屑だっていっぱいいる。
 だから俺は自分をいたって普通の人間だと思う。
 好きでいてほしいから、好きだって言うんだよ。ねえせんぱい?

 不意打ちに、口吸い。
 さすが六年生、なんて。
 ああ、やられちゃった。
 もう全部否定できないじゃないですか。先輩のばか。
 惚れた方が、負けなんですよ。






























 

 結論は先に出しておくべきだ。
 惑うなんて、わかりきったことなのだから。
 この乱世で相手のために死ねないのなら、最初から愛することを選ぶべきじゃない。
 愛することを選びたくない。
 怖いじゃないか。
 明日死ぬかも知れないのに。
 いつ消えるかも分らぬのに。
 俺は弱いから、厭だよ。
 愛した人を残していくなんて、悲しませるなんて。
 愛した人が俺を忘れるなんて、俺の手から離れるなんて。
 真実の愛なんて怖いじゃないか。

 だから俺は、誰にもつかまらないと決めている。

 追いかけっこを、はじめようか。



        これが終り、新たな始まり
                          愛を騙るな




 自分本位?しってるよ。
 俺がこんなに自分を大事にしなくたって、大切にしてくれる優しい人たちがいるのもしっている。
 でも俺は。
 俺は自分が嫌いで大好きだから。
 否定する自分ごと全肯定、全行動が自己還元。
 そんな駄目なやつだから。
 愛を語るなんておこがましい。
 臆病でいることを赦してしまう怠惰を手放せないのに。
 だから俺は。

 はやく、しんでしまいたいんだよ。


 自己愛で溺れるなんて、まっぴらだ。



 (誰か俺をつかまえて。

 そしたら、きっと、俺はいきれる)























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