※それぞれの色名はご本家様の色見本からの、個人的希望と独断と偏見によるものです。人名表記。
   名前変換あったりなかったり。視点さまざま。










  spring green 英


  柔らかく光をはじいた、シルクの艶やかを誇る一輪を手折った。正確には手に持った鋏で斬りおとしたのだけど
  切断面でさえ美しく在るべきだと細心の注意を以て、選抜いたその一本。自分の仕事の出来に、満足して目の高
  さに持ち上げて指を這わせた。
  尖った棘の刺激で遊んでいると、背後から近付いて来たアーサーが憤った声を上げた。

  「勝手に人ん家の薔薇をとってんじゃねえ!」

  春の陽気に誘われた彼の持つ、トレー上の優美な曲線を描くティーポットとカップのセットに正直に嬉しくなる。
  彼の淹れる紅茶の美味しさは確かだ。そのまま庭園の中にあるテーブルに向かって歩き出すと、アーサーも舌打
  ち混じりに追いかけてきた。鋏は適当なポケットに仕舞う。

  「・・今日はやけに機嫌が善いな」

  先に椅子について彼の給仕を受けながら、ありがとう、の返事にそう言われる。不思議そうだというよりも、
  奇妙なものを見る目つきだ。俺に言い返さないし、舌打ちを受け流すしあまつさえ、ありがとうだとか。
  淹れたての紅茶の馨りがこぼれて、ささやかな茶会の準備はこれで完璧だ。
  感謝くらい素直に受けたまえ。機嫌が善いことは悪くはないだろう。
  向いに腰をかけたアーサーに発言して手の中の一輪の薔薇を玩んでみせる。どうやら勝手に手折ったことは不問
  にしてくれるらしい。

  「スプリング グリーン」

  春の、萌芽する瑞々しさは気分を高揚させてくれる。指を絡めたままの薔薇の、葉の色もそれだ。
  独り言めいた、一呼吸遅い返答にアーサーがきょとりと目を見張る。その柔かく光を孕む、瞳の虹彩も。

  「お前の、瞳の色だな」

  好ましいと付け加えると、やっと言葉が脳内に到達したのか徐々にアーサーの頬が赤味を帯びていく。
  予想に違わぬ反応に、弛緩する気分のまま笑ってやると眦をあげての憤慨が返る。それすらも想定道理でしかない
  というのに。
  悔しげにねめつけ罵詈雑言を探し、挙句のとどめにお決まりの一言。

  ・・この、ばかっ。


  なんと、麗しき春だろうか。










 iron blue 米


  「アイアン ブルーだな」
  「なんだい?」
  「一番濃い時分の、お前の眼だ」

  何とはなしに話し出したに、アルフレッドが相槌を打つ。退屈を持て余していたのだろう、アルフレッドは
  嬉々として話の延長を強請ってくる。人の眼の色なんて気にするのかい?
  延々と続いている演説はもうその耳に届いてはいない。

  「眼を見るのが好きだからな。人物がわかるような気になるし、困った時は役に立つ」

  普段なら微塵も姿勢を崩すことなく話を聞き続けるだが、今回ばかりは嫌気がさしたのだろうか。形式的な
  演説に、誰があんなくどくどしい原稿を用意したのだろうと笑える程だからね、とアルフレッドは勝手に想像する。

  「困ったときって?」
  「墓穴は掘らせるものだという事だ」

  は場を弁えて小声で話すが、そこで悪巧みをする顔でちらりと笑った。特にアーサーなんかには好く効くぞ。
  OH!と声を上げて笑いそうになってアルフレッドは咄嗟に自分の口をおさえた。

  「全く、君は普段真面目な振りをして、そんな事してたのかい!?気が付かなかったよ!」

  お前たちが小さいころも良くやっていた、とが言う。思い返すとそのようだった気もする。アーサーには
  よく叱られたが、は静かに顔をのぞき込んで反省を促したものだ。
  彼の目に映る自分が、よほど小さく思わされてじわじわと後悔やら屈辱やら、居た堪れなくなるのだ。幼かったと
  はいえ、この自分をそう簡単に操るだなんて!
  アルフレッドは感心と、やっぱりすこしの遺憾をもってを見る。
  表情を観察していたは、目が合ったと同時に笑ってみせる。

  「じゃあ、君の眼の色はなんと言うんだい?」

  憮然とした表情をしてアルフレッドが切り返すと、予想外だったのかはわずかに困った顔をした後、じっと
  アルフレッドの眼を窺ってきた。

  「ただの、グレーだが」
  「違うぞ!はもっとカッコいい色なんだぞ」

  グレーにブルーをまぜて、と進んで考え始めたアルフレッドはもう楽しげに笑っている。
  その眼に、届かないどこかを思い描いて暗く沈んだアイアンブルーはもう見えない。その強い色も、嫌いでは無いけれど。


  「陽の下では、自ら輝くようなスカイブルーなのに、な」

  アルフレッドには、眩し過ぎる強さの方が余程相応しいと、は聴かれないよう囁いた。










  storm gray 加


  じっと正面から熟視されてしばらくがたつ。いい加減に困惑が極まってきたので、マシューは幾度目か話しかける
  ことにした。

  「えっと、さん・・僕に、何か?」

  生返事だけを返していた彼も、ようやく興味がそれたのかマシューの方に傾けていた身体を戻す。長々と悪かった、
  とに謝罪を送られいえ、とマシューが柔かく返す。本当に全く気分を害していない様子がありありと伝わ
  る返事だ。

  「大した事じゃないんだがな。マシューの眼の色が気になったんだ」

  「眼の色、ですか?」

  不思議そうにマシューが瞬いて、無意識にか目もとに手を持っていく。その指がこつりと眼鏡に遮断されるのを確
  認してが微笑する。
  あ、と声を漏らして眼鏡を押さえなおしたマシューに、笑った事をとがめられるだろうと。

  「すいません僕、気がつかなくて・・!メガネ邪魔だったでしょう」

  が謝ろうと開きかけていた口から、いかにも可笑しげな笑い声が響いた。

  「ふっ、ふふははは・・!すま、ない。ふふ、そうだな。少しだけ邪魔だったかな」

  マシューは何を笑われたのか判らなかったらしく、え、あ、と動きをとめる。
  そんな状態でも申し訳なさそうに眉尻を下げるあたりが、余計を微笑ましくさせているのだとは、つゆとも
  知らないに違いない。無垢に過ぎるようなマシューからするりと眼鏡を取り上げながらそんな確信をする。

  「昔から思っていたんだ。マシューは、俺と似た色をしている」

  レンズの取り払われた視界を埋めるように、が再びマシューに身を寄せる。
  身体を引くこともせずに驚いている途中のマシューの、ふわふわとした感触の髪を愛おしげに梳く。

  「昔から、ですか・・?」

  「そうだ。だけどよく見ると違うものだな、と思って」

  惹きつけられてつい見詰めてしまった。
  薄曇りの空だ。柔かく包む淡い日の空だろうか。紫がかって見えるのが、何だかフランシスを思い出す。
  マシューだなぁと、考えていたんだ。

  間近でつらつらとケヴィンが並べるのに、マシューは驚くままで動かない。薄らとその眼に涙の膜が張ったのは、
  瞬きすら忘れてしまっているからか。
  は再度、見蕩れるように微笑んだ。

  「俺よりもずっときれいな色をしている」


  幼子をあやすように、ストーム グレイの目もとに、やんわりと口接けが贈られた。











  heavenly blue 露


  どうしてここに来たがったの?
  訊ねるとただの気紛れだと言われ、あろうことかいささか呆れた。それは彼の酔狂に態々付き合っている僕への
  呆れも混ざっていたかもしれない。嘲る様に、身を切る冷たい風が吹いた。
  真っ白な世界。見渡す限りの雪と、黒い影だけがはっきりした裸の木々。雪は止んでいるけれど白っぽい雲に覆
  い尽くされた空。

  「君なら、僕に会いに来たんだって言ってくれるかと思ったんだけどな」

  相手を歓ばす台詞には事欠かない、紳士然としたいつもの君なら。

  「すまないな。気分じゃないんだ」

  冷え切った空気に隔てられた先で、彼が優雅に笑う。仕草だけはいつもと少しも違わないのだから扱い方が酷薄だ。

  「意地悪だなぁ」

  哂ったのか、彼の口元が白く濁る。北国で、自分と同じに元々色素の薄い彼は、この背景に溶け込むようにモノク
  ロームだ。この地の体現者である、自分だってそうなのだろうとぼんやり思う。
  沈黙だけが、降り積もる。
  何か話してくれないのかな。
  隔てられた彼は、今日は冷たくて遠い。だってこれじゃ、ひとりと、同じ。
  白い世界に、僕だけなのと。


  「果ての無いこの雪原じゃ、イヴァンの瞳だけが、空の様だな」


  どこまでも遠い、ヘヴンリーブルー。

  吃驚した。だって心を読まれたみたい。
  気分じゃないって、言ったじゃないか。こんな処で世辞を吐いても仕方ないだろう。手袋の外された指の長い手が
  何かを求めるように宙を泳ぐ。
  ヘヴンリーブルー。
  あおい空が、恋しいのだろうか。それとも天国のような楽園が?
  滑稽を覚えるよりも、酷く違和感が湧いた。だってこの僕に、そんな羨まれるようなモノが在る筈も、ないのに。

  「墜ちていって仕舞いそうだ」

  その伸ばされた手を、捕まえてしまっても良いと云うのだろうか。
  彼がこの白いだけの場所に、見出した空を取り上げる。
  目蓋を降ろしたのは自分の瞳に囚われる、彼を視たくなかったのかも知れなかった。

  「・・意地が悪いな」

  密やかに哂う、気配がする。ああ、どうしてだろう。
  閉じ込めて仕舞えば良いじゃないか。


  僕だけのものになっちゃえばいいのに。


  笑うのに失敗しながら、そう言った。











 garnet 普


  「失礼する」

  解放されている扉をカッと叩いて、は部屋の主の意識を引き寄せた。
  背を向けてソファに身を預けていたギルベルトは硬い音に首をめぐらせる。  
  はその視界に入るのを待つまでもなく歩を進め、ソファの後ろから手をついた。
  手にした本をざっと眺めて、ほぅと声を漏らす。

  「なんか文句でもあんのか」

  音をたてて本を閉ざし、ギルベルトはやっとに焦点を合わせる。
  挨拶くらいしやがれ。

  「失礼する、と言っただろう。まあでもすまないな。挨拶は他の者に済ませてしまったから、忘れていた」

  ギルベルトの粗暴に見える振る舞いと真逆に、は流麗に相手の掌をすくいキスを落とした。
  驚きに硬直したその手を裏返し、丁寧に握りこませて膝上に戻す。

  「土産だ。こちらへ出てきたついでに」

  受け取りたまえ、と言われるままに、ギルベルトが自分の手の上に視線をやる。

  「家の整理で出てきたものだ。自分で使ってもよかったが、ギルベルトを思い出したからな」

  中央に紅い宝石が鎮座する大ぶりのシルバーのブローチは、古いながら良い品だとみて取れるつくりをしていた。
  元来キルトピンだが、マント留めにでもすると良い。

  「何で俺、なんだよ」

  「ガーネットは、お前の瞳に良くあうからな」

  真面目さを装いながら話す声。振り向けないままでも、ギルベルトはそれが笑っている事を知る。
  冗談にしても、相手次第じゃ性質が違ってくる。

  「・・ガーネットの意味、知っててやってやがんのかよ」

   “友愛”
  友への手向けとしてもよく贈られる宝石だ。
  ギルベルトの背後で、見えないと解っていながらが笑う。

  「俺がそんな殊勝な真似をするとでも?」

  「友も愛も関りなさそうなおまえがな!」

  皮肉すぎるぜ、と唇を吊り上げるギルベルトに、次に会うのが戦場なら皮肉にもならないがなとやり返して、
  は退室していった。
  読書中に邪魔をしたと去る背は、少し残念だったが、引き留める言葉は思いつかない。もう少し話してけば
  良いのにな・・と呟きかけて、あまり会う機会のない相手だからだとギルベルトは心中で言い訳した。

  ああだけれども。

  戦場では、会いたくねえなあ。
  掌に載せた深紅にむかって、ひとりごとを零す。

  独りでにもれた笑みは、苦笑だと思い込んでおくことにした。











 holly green 西 


 久しぶりやんなぁ、伸びやかに響いた挨拶に肩を叩かれる。
 屈託もなく笑うので、眩しいものを見た気分になった。久しぶりだな。
 随分と。

 「だって、アイツ苦手なんやもん。ってか未だにあの顔見るとムカついてまうわぁ」
 「その気持ちはよく解る」

 過去を引きずるような男ではないが、だからこそ徹底的にそりが合わないのかもしれない。
 かつての大国(アントーニョ)を落日へと誘ったかつての敵国(アーサー)は、懐古の情を重視し過ぎるから。

 「ほんまになぁ。辛かったらおれんとこに遊びに来たってええからな!」
 「厚意は喜んでいただいておこう」

 だけれど。

 社交的な微笑みが消える。相手に他意が無いのなら、誠実な対応を心掛けるのが、の持つ礼儀だ。
 つまりは愛想笑いが必要な類の男ではない。

 「さほど歓迎するというわけでも無いようだがな」
 「そんなことは、あらへんよ?」

 ふ、と息を吐くを、アントーニョは愉快気に、その直情的な眼差しで見ていた。 

 情熱の国。
 灼熱を内包するその存在と、だとてウマがあうと言えるわけではない。

 アントーニョの熱量は、その種類が違いすぎて目が眩む。
 瞳の暗い部分さえも燃え上がる炎のようなのだ。水底に沈みこんで凍てつかせてしまうようなとはベクトル
 が異なる。

 「貴方の持つ灼熱は、俺には酷だ」

 皮肉なく吐き出された言葉をアントーニョは、今度は否定しなかった。
 そやなぁ、夏とかあっついからな。わかっていないような言葉と共にワラっている。
 陽の恩恵を余さず受けるその瞳。

 かつての輝きを、そのホーリーグリーンの眼にみた気がした。











 burnt umber (黒鳶) 日


 興味深いものだな。

 目の下をなぞる様に伸ばされた手に、菊はぴくりと身を引いた。
 僅かな動作で躊躇を見せる控え目さと正直さが、ケヴィンにはどうにも不思議で堪らない。

 目線の動き、影の稜線、それとも気配そのものの表現力なのか。

 柔かに撥ね返されることが。
 強引に触れれば、或いは怒気をもって撥ねつけるのやもしれないけれど。

  どうしてこうも、ミステリアスなのだろうか。東洋の神秘、そのものだ。 

 すまない、と言うといいえ。そう返された。
 スキンシップはあまりしないので、吃驚してしまったのです。
 すみません、と困った様に微笑む菊は、謝りながら触れる許可を巧みに遠ざけた。

 仕方がないか、とケヴィンは今度は菊との間に置かれた湯呑に手をのばす。
 並んで座る縁側に、涼やかな風が遊ぶ。
 すみません、菊が謝る。つまらない庭で。そろそろ中へ入られませんか。

 いいや、と微笑む。

 いいや、まるで。
 言いさして止める。
 自然を人の手で再現した箱庭。
 絶妙な調和を持つその庭は、完成した場所だった。それでいて、完結が判らない。
 深く分け入ればどこまでも迷えそうな。

 美しい庭だ、とだけ伝える。
 恥ずかしげに口許を押さえ、菊はやんわりと微笑んだ。無色透明な笑み、その真意がまるで見通せない。

 その黒鳶の瞳は、まるで透明な清水を覗くような深遠さ。
 まるで、君自身のようだ。