それでも 生きなければ
↑new ↓old
step off on the wrong foot ----- all
ガタリ。
あ。
誰かがそう漏らしたのか、もらさなかったのか。けれどどちらでも関係ない。
会議室内の空調の良く聞いた空気が、居心地悪く感じられた一瞬は、ほぼ室内の皆が察せたのだから。
なんといおうか。
あ、まずい。しまった。些細なしくじりだが、予想外に藪から蛇をつつきだした感に身がすくむといった。
すくんだ隙がさらに事態を悪化させた。
席を立つという一動作で喧騒に満ちていた室内を沈静させ、声が響く。空気にそぐわない、普段通りの平生な。
「どうやら、本日の議題はきいていたものと違うようだ。私は必要ないだろう」
感情は一切見せないが、これは、多分、ていうかこの状況から、彼は、怒っている。
「騒がせてすまないが、失礼させていただく」
すいと、一切のよどみなく退室する彼を、誰も止めない。止めるべき者が動かないため、止められない。
ドアで退出の非礼を詫び、なめらかな動作で礼をひとつ残して姿が消える。
あーぁ。
今度ははっきりと、声をもらしたのは、フランスだった。
やってしまった本人が一番動揺しているのだから世話はない。
「スコットランドが怒っちゃったじゃないか、イギリス」
ふう。
大袈裟な動作で、沈黙など知るところではないと先程の喧騒を続けるようにアメリカが発言する。
「・・っ、おま、」
そもそもヨーロッパでまでアメリカが出しゃばる意味が判らないしフランスはむかつくしアメリカは煩いし。
珍しくスコットランドが出てくれたというのに!
「っお前のせいだろうが、ばかーっっ!!!!」
後始末は俺なんだろうな、と思いながらフランスはやれやれと溜息をついた。
( 出だしから間違う )
Get on with you! ----- 英
眼が、覚める。
ふとそう思って意識を取り戻すと、暗い色に遮られた。あれ。俺は、目を閉じてるんだっけ。
能動的に目蓋を動かすと通常の動きが行われるが、視界は暗いままだ。
あれ。
ぱちぱちと瞬きする瞼。付随して上下する睫毛の先が何かに触れた。感触。背中の感覚はベットではない。
ソファで寝てしまったのか。行儀が悪かった。なんで暗いんだ。どうして俺は起きたのだっけ。暖かい。
一瞬で駆け巡るそれらを、取り逃がしながら追いかける。
ああそうか。
「起きたのか」
俺の眼の上に手の平をかざしたまま、が言う。
近づく気配で、目が覚めたのだった。体が冷えてはないから、かけられたタオルケットは今掛けたものではないんだろう。
俺の視界をさえぎって、何がしたいんだ。微妙に傾いだ体勢が起きた後だとだんだん辛くなってくる。
タオルケットの心配りも珍しいが、二度も率先して接触してくるのも、珍しい。
「お、きた」
声が掠れてる。寝起きだからに、決まっているだろう。くそ。
何だ、これは。何か、言ってくれ。
「、な」
何を言おうとしたん、だっけ。
唇に触れる熱。
暖かい。
え。
「疲れているなら、きちんとベットで休むことだ」
ぐ、と頭を押されて、傾いだ体がソファに倒れこんだ。目に飛び込むのは至極当然に、見知った天井だ。
光が刺激になったのか、受動的にまぶたが動く。ぱちり。あれ、え。は。起き上がりたいのに、力が入らない。
触れられていた額のあたりに自分の手が伸びる。視界がまた、暗くなってそして。
キスを、されたのか。
思考が追いつくと駄目だった。カァと頬が熱くなるのがわかりすぎて恥ずかしい。なんだったんだ。嬉しい、けど。ああ。ばか。
期待なんて。違う。ばか。ああ、もうしばらく、起き上がれそうにない。
( 冗談だろう? )
in passing ----- 英
「フォグマン・・?」
霧の中に浮かぶその少年とも青年ともいえない曖昧さを持つ男。
良くみれば幼いほどの容姿なのに、纏う雰囲気と整った笑わない顔が霞ませるのだ。
数歩と離れていない距離でもけぶって見えるのは、男の瞳が夜霧の色だからだろうか。
「・・こんな所に子供とは」
チュニックの軽装は羊飼いの装い。
アンシーリー・コート(悪さをするもの)に惑わされたか? チェンジリング(取り換えっ子)の迷い子か?
それとも、ヒトになりすましたディナ・シー(妖精)か。
「ああ、違うな。良く視ればお前、」
つと、距離を縮めた男が目を覗き込んでくる。
「俺と、おなじモノか」
「・・なに?」
「ヒトの意志と文化の集合体。集大成」
事も無げに言い放つ。
「国だ」
何故かハッとして息をのんだ。
「俺はお前に構うつもりはない。さっさと自分の領内へ戻るんだな」
背筋を伸ばし、上から圧しつけるよう聞かされる。
「そうだ、先に言っといてやるが、お前が俺の方へ向かって来るなら、追い返すのに容赦はしないぞ」
立ち去れ。言いたいことは言ったという態度であっさりと身を翻される。
「・・ま、待って!どっちに行けばいい・・!?戻り方とか、わかんねぇ・・」
「・・本当に、どうやって長城を越えてきたんだかな」
男は子どもの目の前に、ひらりと何かを落とした。それをやる。
香りのよいハーブの葉は、妖精が喜ぶ贈りものだ。
「シーリー・コート(善き隣人)にでも教えてもらえ」
自分たちが同じものだと、言いきった男は霧の向こうに霞んで、その背を見失った。
( 通りがかり に )
an oasis in the desert ----- 英
音が変わった。
戦渦の最中、怒号と悲鳴とあらゆる混沌に、鳴り響いた旋律。
ずっと鳴続けてはいたのだろうが、喧騒にまぎれて意識していなかった敵方のバグパイプの音色だった。
戦場にあって少しの揺るぎもないその勇壮さに思わず耳を奪われる。
「あいつ、か」
確信だった。
奏者が負傷したか、死んだか。ああそれにしても奏者が変わるだけで、これ程に音色が違うものなのか。
高らかに、響く。
高音の余韻すら震わすように。
空気を媒介に、戦士たちの心まで奮わせてしまう。
目下の戦況にこの敵方の士気高揚は、大きく影響するだろう。
口汚い罵りが口をついて出るままに、旋律の流れてくる方向を睨んだ。
自分のことを弟だとも思っていないだろう兄。この音をたどれば、彼がいる。
「・・俺が」
。
止めてやる。
自分の役割だ、と言い捨てて馬を駆った。
胸に感じた寂寥も焦燥もその場に、全部うそだと切り捨てて。
( 起死回生になるもの )
get a punch in ----- 英
オーツ麦のポリッジが、器の中でくるりとかき混ぜられたあと口へ運ばれた。
黙々と咀嚼される器の中を横目で見て、アーサーはその特徴的な眉をしかめて嘆息した。
「あのな、何回も言うがオーツ麦は普通食わねぇよ」
「呆れられるほど頻繁に食べている記憶はないぞ。それに食べろと強制してはいないだろう」
お前の分があるのは礼儀としてだ、とこっちも嫌そうに言う。
「べ、べつに俺が食べてやるのも礼儀ってだけだ」
作り直すのも面倒だしな、と焦った様に付け加えるアーサーの前にある器はあまり中身が減っていない。
イングランドではあまり食べられないオーツ麦は、スコットランドでは懐かしい家庭の味だ。
時折、思い出したようにが作るそれを、アーサーは嫌いではない。
「けど、馬の食い物だぞ」
「それ故にイングランドの馬は優秀で、スコットランドの人は優れているんだな」
はアーサーの皮肉にしたり顔で即座に返す。
悔しげな顔を鼻で笑った後、は空の器を手に食後の紅茶でも淹れようと立ち上がった。
( 言い負かす )
Go easy on ----- 仏
「なぁ、前から思ってたんだが、その下って何にも履いてないんだよな?」
そう言ってフランシスが指したのは、がよく着用しているキルトだ。
言わずもがなの伝統衣装で、スコットランドでの正装だ。もっとも、日常で着ているのは簡素なキルトと
それを押さえる役割もあるスポーランという小物入れで、上はジャケットだけだ。
はいつものように脚を組んで座ったまま、正面に居るフランシスを見た。
きょとりという擬音語がつきそうな眼差し。
「ああ。そうだが」
そこで微妙に相好を崩したフランシスが距離を詰めてくる。
「そんなスカートだけで、寒くねぇの?」
膝に触れようとした手をはもちろん払いのける。
仏頂面になりながらも立ち上がって逃げないのは、ある意味慣れだ。嫌な慣れである。
「これはスカートじゃない。それに、温かいに決まっているだろう」
北国の伝統衣装が寒いなんてどんな冗談なんだ、とが興味なさげに視線を落とす。
すかさず手が伸びた。今度は肌にたどり着くと、フランシスがにやりと笑って。
「へぇ」
即座に肌を滑ろうとした手にぴくりと筋肉が震えたのを感じるや否や。
ゴッッ!!ガスッ!
フランシスはまさにその脚で蹴りあげられ蹴り倒された。しかも一撃目がみぞおちを抉る容赦のなさ。
たまらず倒れたフランシスの目の前に、鈍い光がかざされた。
「・・・」
「ぎゃああぁすいませんでした!俺が悪かったから無言止めて!!こえぇよどっから出てきたそのナイフ!!」
必死でいやいやと首を振るフランシスを見下す。
「ふん、黒い短剣は衣装の一部だ。知らなかったのか?」
哀れっぽいフランシスの叫び声が尾を引いた。
( ほどほどにしておけ )
▲top