How can I be sad upon my wedding day





  








 キングサイズの広い寝台は肩から倒れ込んだ身体を優しく受け止めた。
 半ばうつ伏せて片手で礼装の襟元をゆるめ、深く息を吸う。身体が熱かった。
 それ以上にひどい倦怠感が身を覆って行動を奪う。
 自嘲の息も吐けなくて、ただ唇だけを緩く歪めた。

 今日という日は、記念日になるのだろう。
 嫌な、記念日だ。

 「・・大丈夫か?」

 心配、といった声に目を開けた。気が付かないうちに目蓋だけは動いていたらしい。
 煩わしい。

 「、近づくな」

 どうやらすべての感覚が鈍っているようだ。
 侵入者の気配は曖昧だった。それでも自分の言葉に足はとまらず、限られた視界に侵入者―侵略者の姿が映る。

 「具合が悪いことはわかってたんだが、いつも通りだったから、平気なのかと・・」

 誰の仕業だ。
 言いたくとも唇までも怠惰に侵され、諦める。それに今更、詮無い事だ。
 無駄な言い争いをするよりも、相手に大きな損失を一度に味あわせる方が賢く、効果的だ。


 自身が瓦解するよりも、わが身を引き渡す方が善かったのだとは思わない。
 国力の差は如実で、この合邦を拒絶すれば孤立した経済がじきに崩壊するのは明白だった。

 戴く王は同じなのだから――。
 だが事実は変わらない。

 自分は、敵に、膝を屈したのだ。

 戦場ではなく、宮廷で。
  命を賭けあったわけでもなく、保身のための打算によって。

 屈辱以外の何だと云うのか。


 「相当、酷いらしいな」

 ベットが揺れて、手が伸びてくる。
 ほつれた前髪を細い指が掬う。撫でつけるとも乱すともとれる手は、遠慮がないというのに余りにも臆病に触れてくる。

 侵略者であるというのに、アーサーは。
 こういうところが、煩わしいというのだ。


 邪魔だと持ち上げた腕が捕らわれて、苛立ちにきつく睨む。

 「離せ」

 「振り払えないのはそっちだろう?・・兄さん」


 やっと目が合ったことで、何かのスイッチでも押したか。
 身体に力を込める間もなく反転され、仰向けにされた。腕は顔の横で固定されている。

 抜け出せないその状況は、今日という日を実に皮肉に揶揄する。

 それが、どれほど己の誇り高いプライドを傷つけているか。
 アーサーは理解していないのだろう。


 理解しているとしたら、これはもう、求めるだけの子供ではなく。


 「やめろ。俺は、お前の兄だと思っては、いない」

 初めてそう言って、傷ついた顔をしたアーサーに、背を向けたのはいつだっただろうか。
 いつだって臆病に求めてきた子供は、自分にはあわなすぎた。
 より傷つけるだけだと知っていたから。

 けれども。

  「・・知ってるさ」

 アーサーはそのことばに、可笑しげに、嗤って。



 あぁこれは、手に入れようと欲する、男の。


 熱がくすぶって、眩暈がした。

 燃え上がる様な激昂と焦がすような屈辱。
 不調のためでなく息があがりかけ、意志の力で押し殺す。


 ( この、俺を、貴様の意思に縛ろうとは! )


 なんという侮辱か。

 是程に、これほどに!



 「・・だから、伴侶として」

 俺のそばに居ろ。



 不利な体勢だとはいえ、アーサーのその笑みを崩せもしないほどに弱っているという事実が許せなかった。


 だから力づくで跳ね除けるのも泣き喚くのも、声を荒げることすら、理性の下に押し込めた。
 無様に足掻くぐらいならば、耐え抜いて復讐を。
 

 愚かな選択ができないのはプライドの故だ。
 愚かだと思う事をやりはしない。

 冷めきった理性の温度差で倦怠感が、増す。


 直ぐ横に置いた腕と膝で乗り上げ、アーサーは器用に片手でシルバーのリングを取り出した。
 

 如才なく、薬指に通される。
 激昂と諦観に動けないその指に嬉しげにアーサーが口付けを、落として。

 自分の上で笑う男を見たくはなくて、目を閉じる。

 熱が体中を焼く様だ。




 その指輪は、紛れもなくこの身に繋げられた枷だった。






















 「How can I be sad upon my wedding day(悲しい結婚式の日)」

 古いスコットランド民謡。
 1707年、大ブリテン連合王国合邦の日に、蘇首都エディンバラの教会の鐘が誰かの
 イタズラでこの曲を打ち鳴らしたというエピソードがある。