取り敢えず歩いてみた、という感じ。
辿りつけなくても構わないかなという暇をつぶすだけのようなノリ。
得てして目的の無い人生とはそんなものだ、と。
いや違った。俺の場合はそうではない。
揺らぐことのない目的を達成し続けなければならない。手段はすでに会得している。
だからそれは、まさしく散歩。
正しく、暇つぶしだ。
「こんにちは。お暇かな、可愛いお嬢さん」
春めいてかすんだ午後の時間に、そこだけ切り取られたかのように艶やかな闇色が目についた。
自分の目的地らしきアパートの前で、しゃがみ込んでいた小さな後姿に切り揃えられた黒髪。
背後からの声に、びくりと体を震わせ、美少女は狼狽したようだ。
(あ、無意識に足音消してたかな?)
警戒されちゃった、と少し悲しくなるが、ここはひとまず気にせずに。
・・・・・・・・・
だって美少女は身構えて、そのまま、俺の殺気に固まった。
「・・誰、ですかあなた・・裏の人間が白昼堂々、こんな所に何の用ですか」
「お嬢さんこそ何者だ?それは、自分が表の住人ではないと明言しているに等しいよ?」
美少女が、緊張を隠した無表情で言い放つ。
「私は、闇口ですから」
対峙して、笑いかける。意図的に殺気を収めた。
何分足音も殺気も習慣というか習性なのだ。悪いのは自分かな、と思いあたる。
(けれど希薄な殺気によく、)
「これはこれは、“闇口”とは御大層な。その素直さに免じてお教えしようか。
俺は、マフィアだ。ファミリー第一の報復者、ボンゴレの死刑執行人」
「(・・マフィア、)殺し名を、ご存じなんですね」
「ん、そんな警戒しなくていーよ。仕事で来たわけじゃないし」
少々オーバーな仕草で両手を晒し、低い目線に合わせるために上体を倒した。
「お友達に会いに来ただけ。ごめんね、驚かせちゃって」
美人に話しかけるのは緊張してしまうんだ。失礼をお許しいただけますか?
僅かに空気が緩んだ。暗殺者を目にした(しかもこんな愛らしい!)のは初めてだが、真っ直ぐ見上げる瞳が美しい。
翳った透明なそれが瞬く。
頭がひとつ、縦に振られてさらさらと闇色が揺れた。
「grazie!可愛らしい signorina 、逢えて光栄だよ!と呼んでくれ」
「・・闇口、崩子です」
古ぼけたアパートの前で、小さな握手を交わした。
「まぁ、そのようなところだと思いました」
やっぱりはいー兄のお知り合いだったんですね。
崩子ちゃんは淡々と開示した情報と眼の前のケーキを処理している。
訪問先の部屋が空っぽなのを確認して、せっかくだからとお茶に誘ってみた。警戒を解いてくれたのがうれしい。
「やっぱりっていう事は、やっぱり此処でも変わってなさそうだね、俺のお友達は」
「変わったかどうかは知りませんが、いー兄は変わった人だと思いますよ」
笑って同意する。
そのまま会話が途切れたのでカップに口をつける。淡々としながらも崩子ちゃん、どことなく嬉しそうだ。
微笑ましく見ていると、パチリと目が合った。ん?と首を傾げてみる。
「はイタリア人なんですか」
「そうだよ。歴としたイタリアーノ!どうして?」
「日本に、詳しそうでしたから」
正確には殺し名に、か。
気になっていたのだろう。けれど少しばかり踏み込み過ぎたと思ったのか、崩子ちゃんは眼を逸らした。
「日本にもいろいろ縁があって。俺のファミリーはいわゆる“良いマフィア”だけど、俺個人として少し・・ってとこ」
咎める気はないというように笑いかける。
「崩子ちゃんは、今集団に属しているわけじゃなさそうだよね」
反転。別に無理して聞き出そうとはしていない。話したのだから話せなんて、こんな美少女にそんな事。
この子なら話したくなければかわせるだろうし、というのは勝手な判断。
「・・ええ。私は兄と家出しましたから」
崩子ちゃんは素直でかわいかった。
「 Hellow.お久しぶりだ、戯言遣い」
「帰っていたんですね、いーお兄さん」
崩子ちゃんを送るついでに、もう一度訪問先の扉をノックすると意外にも返事が返ってきた。
夕方には少し早いくらいの時間。
客人を待たせることに何のためらいもないのだというようにゆっくり開けられた扉の向こう。
・・・・
開けるなり、俺のお友達こと戯言遣いが、相変わらずの無表情で、固まった。もちろん俺の挨拶なんか無視で。
(あ、なんか久しぶりに英語使った気がする)
「・・ええと、崩子ちゃん、知らない人について行くのは危ないよ」
視線は俺と崩子ちゃんが繋いだままの手の上だ。呆れたような溜息が隣の林檎色の唇からこぼれた。
「は知り合った人です。それに、を知っているのはいーお兄さんのはずです」
えー・・とも、あー・・ともつかない声を漏らす不審者は後回しにして(美少女が心配なのはわかるが)、手を引いて隣に目線を合わせる。
艶やかな髪をなでながら礼を言う(仲良くなれたなぁ)。
「今日はお付き合いありがとう。可愛いお嬢さんと過ごせて楽しかったよ」
「いいえ、私もご馳走になりました」
「部屋の前まで送らなくてごめんね?今度はお兄さんも一緒に食事にでも誘わせてもらうよ」
「それには及びません」
「遠慮しなくていいよ!俺がまた崩子ちゃんと会いたいだけだから。ね?」
「・・ありがとうございます」
じゃ、また遊びに来るよ。と、ぺこりとお辞儀を残して去る崩子ちゃんに手を振った。
ciao.
「そんなバカな・・崩子ちゃんはツンデレのはず・・」
という戯言的な呟きは聞き流して、改めて向き直る。
それで、
「俺のことは、思い出していただけたかな?」
「・・えぇと、」
少し、悲しんでみながら、どちらサマでしたっけ等と言われる前に行動開始。
銀色の銃を眉間に押し当てる。この男はこういった状況でも目を閉じないから、認識してくれるだろう。
そのまま、こつりと銃口で小突いて笑いかける。
「ショック療法が必要だった?」
「いやいや、今思い出したよ。、だよね?」
崩子ちゃんが言った名前を繰り返しただけなら撃ち込んでやろう、と思いながら言い直した。
「久しぶり、いーちゃん」
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